・雨の日にうーたんと相合い傘する話
・うーたん×重陽
・最初だけちょっとすー×めーっぽいかもです
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「そんじゃ、めーちゃん。七時に食堂前な!」
「おっけー、了解。部活がんばってな」
「さんきゅー。早く帰れるようがんばるな、マイハニー」
「待ってるわ、ダーリン」
「――お前ら、なにやってんだ?」
「え?」
放課後。サッカー部へと向かう忍と夕飯を食堂で食べる約束をしていると、ひどく怪訝そうな顔をしたシュウが首を傾げて会話に割って入って来た。
「なにって」
「そりゃ、アレだろ」
「「新婚さんごっこ」」
「……ああ、わかった。もういい。お前らの頭がおかしいことだけはよくわかった」
忍と声をそろえて言えば、呆れたようにシュウが言う。ひっでぇの、新婚さんごっこくらい誰でもやんじゃん。
――え? やらない?
いや、そういう説は聞かないことにしておりますので。
なにはともあれ、クソ真面目な表情のシュウをけらけらと笑いながら、じゃあなと手をあげて鞄を手に取る。
今日は、英語の本文訳とい、面倒きわまりない課題が出ていた。忍との約束の時間までにちゃっちゃと終わらせて、そんで、夕飯のあとには忍とネトゲをしよう。
そんな計画を脳内で組み立てながら足元軽く階段を下り、昇降口までやってきて、そして
「あ、やらかした」
下駄箱の向こう、ザーザー降りな雨の道に舌打ちをする。
そうだ。そういえば今日は雨だった。
だから忍もグラウンドでの練習が体育館での屋内トレーニングに変わって、いつもよりちょっと早く終わるから久しぶりに一緒に食堂へ行こうという話になったのだった。
なんだか知らないけれど、自分は随分と浮かれていたらしい。授業中からざあざあとやかましく降り続けていたにも関わらず、すっかり存在を忘れてしまうなんて。
更に言うなら、ついでとばかりに自分が傘を忘れてきてしまったことも、綺麗さっぱり記憶から抜け落ちていた。
「どうすっかなー」
ここから寮までは徒歩五分ほど。傘無しダッシュをしようと思えば出来る距離だけれど、引きこもりで軟弱者な俺にはたった五分の距離とは言え全力でダッシュし続けるのはつらいし、そもそも、ダッシュしたところでどうにかなるような量の雨でもない。
どうしたもんかなあ。と、とりあえず上履きを脱ぎながら選択肢を模索する。
一番てっとり早いのは誰かの傘に入れてもらうことだろうけれど、忍や西崎は部活があるし、シュウは例のごとく斎藤くんとデートだ。優しいシュウなら傘を貸すか五分だけ二人の空間におじゃますることを許してくれるかするだろうけれど、生憎と俺はまだ馬に蹴られて死にたくはない。
となると、残る選択肢はひとつ。
雨が止む、もしくは雨脚が弱まるまで待つ。
実にわかりやすくシンプルだ。困ったときは待つに限る。
そうと決まるとあとは早い。俺は携帯を取り出して暇つぶしのためのツイッター画面を開きながら、脱いだばかりの上履きを履き直して、元来た道をちょっと戻った。俺とは違って、ちゃんと天気予報を見て傘を持ってきたのだろう。下駄箱へと向かう生徒たちの群れを逆行すると、不思議そうな視線がちらほらと突き刺さった。
そうして辿り着いたのは昇降口から少し離れた、簡易な衝立を越えた先の空間。ちょっとだけ奥まったそこには、椅子と机が置かれたちょっとしたラウンジスペースが広がっているのだ。
そのうちの一つの椅子を引いて腰を下ろす。教科書がぎっしり詰まった重たい鞄を床に置けば、とたんに右肩が軽くなった。一体何キロあるんだろうな、これ。
ちょっと保健室から体重計を拝借してきて、測ってみたいような気分になる。
だけど、まあ、今はとりあえず、
「傘忘れて、帰れな、う……っと」
文末にしょぼぼーんとした感じの顔文字をつけて、さあいざ、とツイートボタンを押そうとしたとき。
「……あれ、めーちゃん?」
ひょっこりと、衝立の隙間から鮮やかなオレンジ色が顔を覗かせた。
「うーたん、やっほ〜」
「やっほ〜……じゃなくて、どったの? こんなところで」
帰らないの? とオレンジ色――もとい、うーたんは不思議そうにまばたきする。
「あー、いや。帰らないというか、帰れないというか」
「うん? どゆこと??」
「ヒント:今日の天気」
「……もしかして、めーちゃん傘忘れた感じ?」
「いえーっす」
傘忘れちゃった感じでーす。と、へらりと笑ってみせる。
「うーたんは風紀の見回り?」
「ですー」
右腕に見慣れない風紀の腕章が付いていることからアタリを付けてみる。結果は正解だったらしい、アタリだけに。
「でもめーちゃん、雨宿りするにしてもここはちょっとやめといたほうがいーよぉ?」
「え、なんで?」
「だってここ、風紀の危険指定A区域なんだもん〜」
「えーくいき?」
それって、風紀的にとっても危ない場所って認識でよろしいでしょうか。制裁がよく行われる場所とか?
まあ確かに、衝立を隙間なく並べて声を抑えれば全然気付かれないもんなと納得していると、俺の認識に対して「ちがうよ〜」と、へらへら笑顔でうーたん。
「A区域は制裁多発現場も含まれるけどぉ、ここの場合は、校内性行為多発地点ってゆーことぉ」
「せ……っ?!」
性行為?!
なぜに、こんな、幾ら隠れているとはいえ昇降口すぐそこの人通りの多いところで?!
制裁くらいならありえなくもないかなと思ったけど、こんなところでコトに及ぶなんて、いくらなんでも大胆すぎやしないか。思わず絶句する俺に、うーたんはとても愉快そうに、ただでさえゆるゆるな表情をさらに緩めた。
にんまり、とでも効果音がつきそうなそれは、なんだか悪だくみをしているときの顔に似ていて。
「ちなみにこの前はぁ、めーちゃんが座ってるあたりの椅子で背面座位でヤってたバカップルが〜……」
「そっ、それを早く言えええええ!!!!!」
案の定、続けてもたらされたロクでもない情報に、俺はガッタンと音を立てて慌てて立ち上がる。もし、椅子のシートにあらぬ液体とかが付着したりしみこんでいたりしたら。考えるだけでぞぞぞと鳥肌が立つ。
「あはは、めーちゃんウブだねぇ。顔真っ赤だよ〜」
「それを言うなら真っ青だろ!」
「照れちゃって、もー。かぁわいい〜」
どこからどう見たら、今の俺が顔を真っ赤にしているように見えるんだ。前々からちょっと思ってたけど、うーたんで視力おかしいんじゃね。俺のこと、ことあるごとに可愛いとか言ったりするし。
「うーたん、眼科行ったほうがいいんじゃないの」
「……めーちゃん、いつまでこうしてるつもりなの〜?」
「うわ、スルーした! 今めっちゃナチュラルにスルーされた!!」
こんなあからさまなシカト受けんの久しぶりなんだけど。ちょっと傷つくんだけど。
いつもうーたんと二人でこんな風にスーザンをいじったりしてたけど、今更スーザンがちょっとかわいそうになってくる。
ごめんよ、スーザン。心の中で一応謝っておくことにする。
「とりあえず、雨が止むか雨脚弱まるまではここにいるつもりだったけど……」
うーたんの今の話を聞いてしまうと、そういう気分でも無くなる。
かと言って、、他に行くあてがあるわけでもない。教室は確かオーケストラ部かなんかがパート練習で使ってたと思うし、これくらいの時間帯になると、大体の空き教室は部活動もしくは親衛隊が使用中だ。
みんなの憩いの場所――であるはずの、図書室もしかり。
さあて、どこに行こう。うむむと唸り声をあげたとき、それじゃあさ、とうーたん。
「あとちょっと待っててくれたら、もう見回り終わるんだけどぉ」
一緒に帰る?
コテンと可愛らしく首を傾げたうーたんに、一秒と間を置かずに頷き返したのは言うまでもない。
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まあ、そんなこんなで。
それから十数分後、無事見回りを終えたうーたんと一緒に、相合傘で寮まで帰ることになったわけなのだけれど。
なんていうか、その。
――……ちっ、近い……!
近いのだ、距離が。誰との、うーたんとの。
身長差の問題でうーたんが傘を持っているのだが、その腕が当然のごとく俺の体に当たっている程度には近い。さっき、いくらなんでも近すぎだろうと距離を置こうとしたら「めーちゃん、濡れるよ」と目ざとく引き寄せられたし。
それによって、元々近かった距離が更に縮まったのは言うまでもない。
紺色の傘に雨粒が叩きつけられる音で、傘の下の空間はひどく騒がしかった。だというのに、不思議とうーたんの呼吸の音が聞こえてくる。ような気がする。
たぶん気のせいだ。それくらい俺が緊張して、同時に、隣を歩くうーたんを意識しているというだけで。
「そういえばさぁ、」
「はっ、はい?!」
「……めーちゃん?」
突然話し出したうーたんに、思わずびくりと声を裏返せば、当然のごとく不審がられてしまう。
「わ、悪い。なんか、びっくりして」
「ええ〜、だからってそんな驚くほどのことぉ?」
うーたんの言う通りだ。
いや、ほんと、自分でもびっくりなんです。まさかこんなに驚く羽目になるとは。
「なんか、もしかしてめーちゃん緊張してる?」
「……ちょっと」
鋭い指摘に大人しく白状すれば、まじでかぁ、とうーたんは不思議と弾んだ声を上げた。なんだろう。深そうな水溜りをひょいと避けながら視線を横へ向けると、こちらを見てなにやらニヤニヤと笑っているうーたんと目があった。
「なに?」
「いんやぁ〜? なんだか嬉しいなぁって思ってさ〜」
「嬉しいって、なにが」
雨が?
だとしたら、うーたんはやっぱりちょっと変わってる。
「うん、まあ、そのおかげでこういう状況になれたっていう意味では、雨にも感謝してるかなぁ〜」
「ハァ?」
なんだ、そりゃ。
意味を図りかねて首を傾げる。と、バシャリと足元で嫌な音がした。
――うわ、やらかした。
本日二度目の「やらかし」に恐る恐る足元を見遣れば、予想通りというかなんというか、見事なまでに水溜りにつっこんだ右足がそこにあった。
「うっわ。足ぐっしょぐしょだわ」
既に靴の中まで水が浸食し始めているのを承知の上で脚を引っこ抜く。濡れたアスファルトへ下ろせば、ぐしょりとした嫌な感触。うっわ、気持ちわる。
「ありゃりゃ〜。めーちゃん、大丈夫?」
「これが大丈夫そうに見えるか?」
「うん、愚問だったね。ごめん」
八つ当たり気味な俺の声に、うーたんは申し訳なさそうに眉をハの字にした。それを見て、なんだかこっちのほうが申し訳なくなってくる。
「や、別にうーたんのせいじゃねぇし。っていうか、うーたんがいなかったら俺、今頃もっとびしょ濡れだったかもだし」
傘無しダッシュを決行していたら、の話だけれど。
「だから、その、ありがとう?」
そういえば、傘に入れてもらうお礼を言っていなかったなと、今更ながらフォローがてら口にした言葉。うーたんは、タイミングの微妙さにか一瞬戸惑ったような表情をしてから破顔した。
「お礼を言われるほどのことでもないよ〜う。それに、役得ってもんがあるしねぇ」
「役得?」
なんのこっちゃと問い返しつつ、うーたんを視線で促して止まってしまっていた歩みを再開する。バタバタと傘を打つ雨の音が少しだけ強まった。
それはまるで、後に続くうーたんの言葉を掻き消すかのように。
「うん、役得だよぉ。――めーちゃんと、こんなに至近距離に居られるんだから」
言って、うーたんはいつのまにやら俺の腰に回した腕を、ぐっと自分のほうへ引き寄せた。当然、つられて俺の体もうーたんへ密着する。
予想だにしなかった方向からの力の働きに足元がふらつくも、雨中のアスファルトへ倒れ込むような事態は、うーたんのがっしりとした胸板に背後から支えられたことで避けられた。
「……ていうか、えっ?」
なにこれ、どういう状況?
困惑する俺をよそに、うーたんは器用に俺の体と傘とをそれぞれ支えたままの状態で、俺の耳元に唇を寄せた。
そうして、秘密話でもするかのように、そうっと囁く。
「めーちゃん、さっき俺に眼科がどうのこうのって言ったけど、俺の目はなんにもおかしくないと思うよ」
どくどくという心臓の音がひどくやかましかった。不規則なリズムで脈打つそれに、段々と、どこまでが自分の鼓動でどこからがうーたんのものなのかすら解らなくなってくる。
まるで、うーたんに背後から抱きしめられているかのようなこのシチュエーションに、処理能力不足で脳味噌が沸騰しそうだった。
耐え兼ねてぐっと目を閉じる。だって、と続ける吐息が耳にかかった。
「……だって、めーちゃん、こんなに可愛いんだもの」
耳が真っ赤だよ、と意地悪に付け足されたそれに、俺はそろそろと両手を上げて、降参の意思を示した。
「勘弁してください……」
うーたんがイケメンすぎて、付いていけません。
情けないこと極まりない俺をうーたんが笑う声は、一向に弱まる気配の無い雨音に掻き消されて消えて行った。
そんな、とある雨の日の出来事。
おしまい
20130606