・理一と重陽の電話
・02.初登校なうの13のあとらへん
・もしかしたらこんな会話があったかもね、というお話
・ちょっとシリアス?
・
・
・
「てか、理一って時かけ知ってんのね」
忍とネトゲをしながら時間を潰しているうちにかかってきた理一からの電話。
まずはアカリンの被害に遭ったことを労って。二言三言話したのちに気になっていたことを問いかければ。
『ハッ。当然だろ』
――と。なぜか自慢な回答をされた。
『舐めんなよ? こちとら、細田監督作品は全部DVD持ってんだっつの』
「サマウォも?」
『サマウォも』
「おおかみこどもは?」
『もちろん買ったに決まってんだろ。ちなみに映画館には3回行った』
「どうやって」
『学校抜け出して』
パネェ。映画一本のためにそこまでするとか超パネェッス理一さん。てか、生徒会長自ら規則破ってるとかェ……。
「そんなに好きなわけ?」
『そうだな』
「なぜに?」
確かに素敵な作品だとは思うけど、そこまでするってことはよっぽど何かあるんだろうか。そう思って問い掛ければ、理一は「あー、それはだな……」とちょっと躊躇ったのちに口を開いた。
『憧れるだろ』
「へ?」
『あーいう、なんつーか、フツーの世界』
まぁあんまり普通じゃねぇけどな、と苦笑気味に付け足されて、俺は更に首をかしげた。どういう意味だ。
『時かけもサマウォも、フツーの高校生が主人公だろ。陥る状況はフツーじゃねぇけど』
「……あー」
『おおかみこどもは、花自身も生い立ちとかフツーじゃねえけど、フツーにだれかを好きになって、結ばれて、子どものことで悩んだりして、ってしてるだろ』
「――うん、そーだな」
話を聞くうち、徐々に切実そうな、何かを懐かしむようなものへ変わっていく理一の声。それに、俺はなんとなく察してしまった。
……たぶん。理一は生まれたときから「柏木」という家の名前に縛られてきたのだろう。
フツーに野を駆けずり回るような子ども時代は送れなくて。今だって、時かけやサマウォの登場人物たちみたいにフツーに恋したりはしゃいだりできなくて、生徒会長の座に縛られて。
そうやって、18年間生きてきたのだろう。そしてこれからだって、そうやって生きていくのだろう。大人になっても、フツーに子供のことで悩んだりなんてきっと出来ないのだろう。
だからこそ、
憧れる、のだろう。ありふれた「青春」みたいなものに。
『……なんか、変に湿っぽい感じになっちまったな。悪ィ、忘れてくれ』
俺の家が特殊なのか、はたまた理一の家が特別なのか。解らないけれど、自分には理解できない次元の悩みを抱え苦しみ。さらには、そんなことを言って小さな笑い声を漏らす理一に、俺はどうしようもない無力感を覚えた。
「――理一、」
狭い両肩に色んなものを抱え込もうとするこの人に、俺はなにができるだろう。俺は、必死に頭を働かせながらも声を紡ぐ。
「お前、ゲームしたことあるか?」
『……はあ?』
「ゲームだよゲーム。携帯ゲームでも、ビデオゲームでも、UFOキャッチャーでもいいから。したことあるか?」
『いや、ねえけど』
戸惑うような理一の声。たぶん、話の流れが理解できないのだろう。正直、俺だってなんでこんなこと言い始めたのか理解できねぇから、それも当然だ。
「じゃあ今度しようぜ、ゲーム。忍……俺の同室者が色々持ってんだよ。スマブラとか、ウィイイレとか」
『すまぶら? うぃいいれ?』
「そういうゲームがあんの」
どこか間の抜けた問いをばさりとそう切り捨てて、俺は、理一には見えないとわかってはいたけれど、笑って見せた。
「あと、カラオケ行こうぜ。お前歌うまそうだからちょっとヤだけど。……そんで、いつか」
乾いた唇を、一舐め。
「校舎のグラウンドで、サッカーしよう。キックベースでも、ドッジボールでもいいけど。とにかく――」
『……さんきゅ』
とにかく、そういう「フツー」の遊びを俺としよう。続けようとした声は、ちょっと照れくさそうな理一の声にさえぎられてしまった。
『ありがとな、ハル』
「……ああ」
『ぜったい、いつかすんぞ。すまぶらも、カラオケも、サッカーも』
そんで、と理一は続ける。
『俺は、卒業するまでに絶対、お前と「青春」ってやつをしてやる。約束だからな』
「もちろん」
『忘れたら承知しねえぞ?』
「ははっ」
上等。誰が忘れてやるもんか。言って、きっと俺と同じように笑っているだろう理一の顔を想像する。
きっと、いつもみたく不敵な顔をしているんだろう。悪だくみをする子供みたいに、ニヤリと唇をゆがめているのだろう。
今目の前に理一がいたなら、顔を見合わせて笑いあったんだろうなと思って、そうじゃない現実がちょっと切なくなった。
『重陽』
「うん?」
珍しくあだ名でなくきちんと名前で呼ばれ、何かと問い返せば、理一はこんなことを言った。
『お前と会えてよかったよ』
その直後、ブツリと音がして何の前触れもなく通話は途切れた。照れ隠しかな、なんて思いながら、無機質な音を繰り返す携帯電話にぼそりと呟く。
「そんなん、俺もだ」
君と出会えてよかった、なんて。言わずもがな。
(おしまい)
20120224