・プロローグと本編の間くらいの話
・うーたん目線
・うーたんはいつから気付いてたの? というお話
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「退屈、たいくつ、ちょーつまんなあーいっ!」
俺こと宇佐木智尋は、そう叫ぶなり手にしていた書類をぶちまけた。ひらり。A4大の紙束が一瞬宙を舞って、すぐさまバサリと床に叩きつけられる。
カーペットの色を隠すように散らばったその様を見ても、俺の気持ちは晴れなかった。憂鬱、憂鬱。嗚呼憂鬱だ。
「はーあ……」
あの転入生が来てから、みーんなピリピリしちゃってさぁ。娯楽ってゆーストレスの捌け口がないからって、どうでもいいような制裁といさかいばっか起きるし。風紀の仕事は増えるし。
――ただでさえ毎日暑くてたまらないってのに、ほんと、サイアクだ
いっそ、イタリアあたりに1週間くらいまったりしに行きたい。そう思って大きく伸びをしたとき、「宇佐木」と俺を咎める声がした。
「なぁに〜、委員長ぉ」
「なぁにじゃありません。大事な書類を投げるのはやめなさい」
くるり、とデスクチェアを半回転させて振り返った先。一際おっきくて高そうな机に向かう「破れたり汚れたりしたらどうするんです」と厳しい面持ちで口にした男は、この学園じゃクールビューティーなんて言われちゃってるウチの委員長だ。
一部の乱れもない髪に、ピッシリと着こなされた制服が良く似合う。ちゃらんぽらんな俺とは正反対な人である。
「はーい、ごめんなさぁい」
よっこらせ、とチェアからおりてばらまいた書類を回収しにかかるも、どうにもヤル気ってもんが起きない。……っていうか、ぶっちゃけるとめんどくさい。
「委員長さぁ、なんか面白いこと知らなぁい?」
大嫌いな佐藤灯里の尻拭いのために大嫌いな事務仕事に追われるなんて、なにか楽しみがなきゃやってられない。
そんな思いからの、ほとんど期待していなかった俺の問いに、委員長は。
「ありますよ」
――と、さも当然といわんばかりに、サラリと言ってのけた。
あーハイハイ、だよねぇあるはずないよねぇ。と、一瞬素で流し掛けてからハッと我に帰る。
「…………えっ、あるの?! ほんとに!?」
「ええ、本当にありますよ。あなたの好きそうな話が」
「えっ、ウソ。なになに!」
初等部からの付き合いで、俺のことを一番よくわかっているだろう委員長がそういうのならば、よほど面白いことなのだろう。
早くその内容が知りたくて、それでもちゃんと書類を全部回収しきってから、俺は委員長の傍へと駆けた。
「これです」
差し出されたのは、クリアファイルに挟まれたいくつかの書類。なんだろう。首をひねりながら中身を取り出す。
「……これってもしかしてぇ、」
「ええ。また、転入生です」
5月にも見たような書類の数々にまさかと思えば、返ってきたのは肯定で。
これの一体どこが「面白い話」なんだと、委員長をじとりとにらみあげる。しかし、委員長がそんなものにひるむはずもなく。
「いいから、その転入予定の生徒の経歴を見なさい」
「……経歴ぃ?」
言われたことに、どういう意味なんだと怪訝な声を上げた。それに対し、委員長はなにも答えない。仕方なくパラパラと紙をまくって、履歴書みたいな用紙の裏を見る。
出身小学校から順に、「八木重陽」というらしい新しい転入生の経歴へ目を通して。そして、俺は目を見開いた。
「これって……」
「どうやら、またちょっと問題ありな生徒みたいですね」
「いやいやいやぁ。これ、ちょっとっていうのぉ?」
八木重陽の経歴には、都民じゃない俺ですら知っている都立の最高レベルの進学校に入学したことが書かれていた。二年前の春に。
なのにその後、彼は聞いたことのない胡散臭そうな名前の私立学校へ転入している。そして更に近々、うちの学園へ来るという――それも、二学年に転入の形で。
「えっ、なぁに? この子、留年でもしてるのぉ?」
「そうみたいですね。聞いたところによると、その後転入した通信制の高校でも留年しそうになったので、うちに来ることになったみたいです」
「……えっ、もしかして裏口入学ってやつぅ?」
二度も留年しかけておいて、そこそこ難しいことで有名なウチの学園の編入試験をパスするなんてあり得ない。しかし、俺の「まさか」という推測は、あっさり委員長に否定された。
「いえ。彼はきちんと編入試験に合格していますよ。正当な手段で転入してくるのでしょう」
「ええっ、どーゆーことぉ?」
八木重陽、一体何者なんだろう。確かにこれは面白そうだ。知らず知らず口角が吊り上がる。
「ちなみに、宇佐木。彼が二度も留年しかけた理由、なんだと思いますか?」
「えーっ……勉強はできるんだから、たぶんそれ以外ってことでしょぉ?」
「ええ、そうですね」
「ならぁ、事故とか病気とか〜?」
普通に考えたら、入院なりなんなりで出席日数が足りなかったと考えるのが妥当だろう。けど、通信制の学校に出席日数なんて関係あるんだろうか。
一年間の間に二度も同じようなことが起こるとも考えにくいし。
「いえ、違います」
「だよねぇ。じゃあ、答えは〜?」
「答えは、インターネットのしすぎ、だそうですよ」
「――――はぁ?」
インターネットのしすぎ? そんなことで、留年になんてなるのだろうか。
あからさまに嘘だろうという声を上げれば、委員長は眼鏡を押し上げつつ「調査書に書いてありますよ」と事も無げに言った。
パラパラと紙をめくれば、確かに調査書らしきものが出てくる。前の転入生のときはなかったこれは、たぶん、風紀顧問の教師あたりが個人的に調べさせたもの。
またあんなやつが来たら堪らないと思ったんだろう。
「うわ、ほんとだ……」
身長体重、家族構成などの基本データから趣味、特技、恋愛遍歴まで。八木重陽の人生が事細かに記されたそれには、趣味がインターネットでそのせいで生活サイクルが乱れ都立高校を留年したことが、本当に書かれていた。
「……これって、どうなのぉ?」
「さあ、どうなんでしょうね。前回同様、問題児が転入してくるらしいことに間違いはありませんが」
「う〜ん……でも、この子は特に害はなさそうだよねぇ?」
「えぇ。私もそう思います」
大丈夫なのかなぁ、となんとも言えない不安感に眉を寄せる。
――――と、調査書の下の方に書かれていたとある内容に、首をかしげた。
「…………あやドラ?」
――インターネットでは、オンラインゲーム『あやかしドラゴン譚オンライン』をしているそうだ――
素っ気ないその文章に、ふとあることを思い出す。
そういえば、このオンラインゲームをしているらしいフォロワーが、通信制高校だって言っていたような。さらには、転校することになったと言っていたような。それも、人生二度目の。
「…………まさかぁ」
ナイナイ、あり得ない。否定しながらも、どこかで「そうだったらいいのに」と願っている自分がいた。
かすかな希望をたくして、八木重陽の誕生日の欄に目を向ける。
「ねー、委員長ぉ」
「なんです?」
「9月9日生まれってぇ、何座だっけぇ?」
「星座、ですか。確か……」
突拍子もない俺の問いに、真剣に考えてくれる委員長。その続きの言葉に、俺は。
「……確か、乙女座、でしたかね」
全身が、歓喜で沸き立つのを感じた。
これは、十中八九間違いないだろう。星座、年齢、留年経歴に趣味のネトゲ、転入時期。さらには、名前まで『八木』ときたら。
「――――めーちゃん、」
ああ、もう。めーちゃんと同じ学校に通うことになるなんて。信じられない。
知らず、口元がニィとつり上がる。それと同時に、さっきまでの憂鬱なんてどこかに吹き飛んでしまった。
楽しくなりそうだね。とつぶやいたその声は、誰の耳にもとらえられずに消えていった。
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オレンジさんの憂鬱
(しばらくは、退屈することはなさそうです)
20130219