・3月3日(理一の誕生日)にまつわるお話
・理一×重陽
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それを雑誌の隅に見つけたのは、いわゆる偶然だった。
「『天下無敵』、だってさ」
「……は? なにがだよ」
突然の俺の言葉に、理一は携帯と格闘していた手を止めて顔を上げた。その顔には、携帯メールの打ち込み練習に対しての「もう無理だ」とうんざりしたものと、先の言葉に対する「急になんなんだ」という不審そうなものと、二種類の表情が同時に浮かんでいる。
よくもまあ、そんな器用な顔ができるもんだ。変な感心をしながら、俺は、そんな理一に読んでいた雑誌を差し出す。
「理一の誕生日、3月3日だろ? 3月3日の誕生花は桃なんだってさ」
「あー……雛祭りだもんな」
「そう。そんで、桃の花言葉が『天下無敵』なんだと」
「なるほどな。それで、さっきのか」
「そうそう。『天下無敵』だなんて、お前にぴったりじゃんか」
「……そうか?」
誌面の端っこに設けられた「豆知識コーナー」の一部を読み上げて笑いかけるも、理一は浮かない顔をしている。どうやら、花言葉の内容にあまり納得できていないらしい。俺が指し示したあたりを、あら探しするようにまじまじと眺めている。
天下無敵。たぶん、学校で道行く誰かを適当に捕まえて聞いてみても、十人中十人が「ぴったりだ」って言うと思うんだけど。
この、苦手なことといえば機械類くらいな完璧男は、それのなにが不満なんだろうか。
そんなことを考えながら理一の様子を観察していると、ふと、何かを見つけたらしい。理一はぱちぱちと目をしばたかせると、口元をにんまりと愉快そうな形に変えた。
――あ、なんだか嫌な予感
「なぁ、重陽?」
「……ンだよ」
「どっちかっつーと、こっちのが俺には合ってねぇ?」
ちょいと視線を持ち上げて、俺の様子を見ながら紙面をトントンと指先で叩く理一。
そう言えば、さっきは「天下無敵」が出てくるまで、つまり途中までしか記事を読んでいなかったっけ。なにか見落としていたのだろうか。思いながら、ひょいと首を伸ばす。
すこし離れた距離、理一の手元にある雑誌を覗き込もうと、顔を寄せた――途端。素早く理一の手が伸びてきた。
かしゃん、とシルバーの携帯が床に落ちる音。顎に触れる指先。ぐいと力を込められた。そして、そのまま強制的に顔を寄せられて。
「――『わたしはあなたのとりこ』」
キスされる。そう思った次の瞬間、理一は俺の耳元で囁いた。
「……へ?」
わたしは、なんだって?
「だから、花言葉。『天下無敵』ともう一つ、『わたしはあなたのとりこ』ってのも桃の花言葉なんだってよ」
呆気なく手を離されて拍子抜けする俺に、理一はさっき俺がそうしたように誌面上を指差しながら、「ぴったりだろう?」とニヒルに笑った。
ぱちくり。瞬きをして視線を落とせば、なるほど。確かにそこにはそんなことが描いてある。わたしはあなたのとりこ。なんだかロマンチックな花言葉だけど、それが?
「ぴったり、なのか?」
「ぴったり、なんだよ」
そうなのか、とボソリと呟けば、再び急接近する顔。今度こそキスをされるんだろうか。さっきの今で思わず身構えるも、慌てて理一の顔を見れば、その目の奥には楽しんでいるような気配があった。
ひょっとすると、どうやらこれは、理一にからかわれているらしい。
そりゃあ、最初に花言葉のことを持ち出してからかったのはこっちだけど。なにも、キスするフリでその気にさせといて、空振りってのはちょっとひどくないか? 内心、少しムッとする。
――そっちがその気なら、
こっちにだって考えがある。そう思ったら早かった。
にやにや笑いのまま近付いてくる理一の後頭部へ素早く手を回し、ぐいと引っ張る。そしてそのままかぷりと理一の唇に噛みついて、額をこつりと合わせてから、一言。
「――なら、俺の誕生花も桃じゃないとな」
「……それは、つまり、どういうことだ?」
俺のなのか、はたまた理一のなのか。どっちのものか解らない唾液でてらてらと光る理一の唇に、やらしーなあなんて思いつつ、俺は投げかけられた問いにもう一度キスで答えた。
「こういうこと、かな」
自分でやっておきながらなんだかやけに恥ずかしくなって、そのまま目の前の胸に顔を埋めてしまいたいような衝動に駆られたことは、くやしいので理一には教えてやらないことにする。
わたしはあなたのとりこ
(おしまい)
誕生花や花言葉は諸説ありますが、今回は桃とこの2つの言葉を取り上げさせていただきました。