なんだか、今日は一日中なにかと驚かされてばかりだった。充実感と同時に妙な疲労感がずっしりと肩にのしかかってくるのを感じながら、まだ菊が咲くには少し早い花壇の前を通り過ぎる。
 そうして俺が寮のエントランスへ足を踏み入れるのと、寮監室から三和さんが出てきたのはほぼ同時だった。

「おお、八木」
「あ……ミワさん、どうも」

 自業自得とはいえ、入寮時にトラブルがあったせいか思わず一歩引いてしまう俺を見て、三和さんはニヤリと凶悪な笑みを浮かべると「ちょうど良いトコに来たな」などとのたまった。
 ちょうどいいって、何がだ。

「お前宛てに荷物、届いてんぞ」
「荷物ぅ?」

 促されるままに寮監室内へ足を踏み入れれば確かに、小さめの段ボールが一つ、様々な書類に紛れて事務机状に置かれていた。
 ……っていうか、部屋、きったな。二木せんせーのデスクと同等とまではいかないものの、「雑然としてる」って形容するのはちょっと躊躇われるくらいには、寮監室内は汚かった。一体なにがあった。ちょっぴり不安になる。

「もしかして、三和さんも片付けられないタイプの大人だったんですか」
「ハァ? もってなんだよ、俺もって。別に、ここんとこ忙しかっただけだっつの……それより、オイ。これ、お前宛てで間違いねえよな?」

 ガシガシと後頭部を掻きながらの三和さんの言葉に、俺は段ボール上部に貼られた伝票を覗き込む。住所の欄にはこの学園の住所、プラス俺の部屋番号。宛先は間違いなく「八木重陽」と俺の名前になっていた。

「ですねぇ。一体誰が……って、あ」

 今はアマゾンにも何も頼んでないはずなのに、と依頼主の欄へ視線を移して、俺は声を上げる。

「宮木さん?」

 依頼主の住所には見覚えが無い。けれど、丁寧な文字でしっかり書かれた「宮木侑介」の四文字は、間違いなく俺の父親の秘書を務める彼の名前だった。

「? 知り合いか?」
「あー、うちの父親の秘書の……」
「秘書ォ? なんで秘書がお前に荷物なんて?」

 怪訝そうな声を上げて、三和さんはデスク上の段ボールと俺の顔とを見比べた。その疑問は最もだ。普通、どうして秘書が自分の上司の息子に荷物なんて送ってくるんだって思う。正直、俺も今そう思っている。
 宮木さんから俺宛てになんて、なにかあったのだろうか? 一瞬、普段ふざけてばかりの父親のことが心配になるも、それなら母親なりなんなりから、或いは宮木さんからだとしても荷物じゃなく電話が来るだろうと思い直す。

 そうじゃないなら、と考えたところで、ふと思い浮かんだのは今日一日の出来事だった。スーザンに始まり二木せんせー、西崎たちまで。色んな人に誕生日を祝われた一日。

「……いや、まさかなあ」
「なにがまさかなんだよ」
「や、その……」

 自意識過剰だろうか。一瞬そんなことを思うも、他にそれらしい理由が思いつかないことから俺は口を開いた。

「あー、実は俺、今日誕生日なんです」

 だからそれでかなあ、と思いまして。そんな風に続く筈だった言葉は、

「へえ、そりゃめでてぇな」

 先程の凶悪な笑顔から一転、ちょっと驚いた風に目を見開いた三和さんの言葉に掻き消されてしまった。予想外にも素直に返された祝いの言葉に、俺は一瞬固まってしまう。

「あ、えっと」

 こういうとき、なんていうんだっけ。なんて返したらいいんだっけ? そんなことすら一瞬解らなくなってしまいそうだった。

「……あ、りがとう、ゴザイマス」

 ようやく絞り出した言葉がひどいカタコトだったことは言うまでもないだろう。三和さんは自然な会話の流れとして言っただけなんだろうに、なんでこんなに過剰に反応してんだか。なんだか自分で自分が恥ずかしくなって、さっさと部屋に帰ろうと荷物を取り上げる。

「それじゃ、どうもありがとうございました」
「オイ、ちょっと待て」

 引き止められたのは、あと一歩で寮監室を出る、というところまで来たときのことだった。何事かと振り返れば、俺を止めた三和さんが何やら乱雑に詰まれた荷物の山を漁っている。

「確か、ここらへんに……」

 部屋の片づけなら俺が帰ったあとにしてくれ、と一瞬思ったけれど、どうやら何かを探しているらしい。両手に持っていた段ボールを小脇に抱えなおして三和さんの探しものが見つかるのを待っていると、そう経たないうちに「お、あった」という声が聞こえてきた。
 次の瞬間、

「ほら、これでも持ってけよ」

 振り返った三和さんが、それと同時にこちらへ何かを投げてくる。あまりにあっさりと投げつけられたその「なにか」を、俺は慌てて空いた手でキャッチした。てのひら大の長方形の箱。
 三和さんには似合わない随分と可愛らしいパッケージのそれは、存外軽かった。

「貰いもんだけどな、クッキー、結構有名な店のらしいからよ」
「クッキー?」
「おう」

 どうしてクッキーを俺に、と首を傾げれば、何言ってんだとばかりに三和さんは言った。

「誕生日なんだろ、お前」
「え」
「おめでとよ」

 そんじゃあな、と三和さんはひらりと手を振ってくれる。それに俺は「あっ、ハイ」なんて間抜けな返答をしながら流されるままに寮監室を後にした。

 右脇に抱えた段ボールと、左手の中のクッキーの箱。三和さんにお礼を言い忘れたことに気付いたのは、801号室のドアを開けた直後のことだった。





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