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「そういえば明日、俺の誕生日なんだよな!」

 土曜日の夜。突然そんなことを言い出したのは、最近この学園に転校してきた俺の同室者だった。

「えっ、まじで」

 俺と一緒じゃん。
 思わずそうつぶやいた声は、その同室者目当てで俺たちの部屋に押し掛けてきていた生徒会役員たちの「ええーっ?!」という驚きの声にキレイにかき消されたのだった。





 翌日。大好きな大好きな転校生くんの誕生日にプレゼントを贈れないなんてありえない! とのことで。生徒会権限で急遽外出許可を取り付けて、転校生くんと生徒会役員たちは、学園のある山のすぐ下の町まで買い物に来ていた。
――そこまでは、いい。いいんだけど。

「なんで俺まで?」

 別に俺いなくても良くない? 転校生くんが俺に絡むといーっつもチョー睨んでくるじゃん。生徒会の皆サマ。
 なのになんで俺まで頭数に入れんのかね。矛盾してね? 意味わかんね。

「……誕生日くらい、ゆっくり平穏にすごさせてほしーわ……」

 胸のなかにたまった澱を吐き出すようにぼそりとつぶやく。すぐそばでなぜか結婚指輪を見てる生徒会役員+転校生たちに聞こえるかもとか、そんなことは考えない。
 どうせ、俺のことなんて誰も気にかけてねぇんだから。事実、学園から町までのバスに乗るときも「ちょうど六人だから二人ずつ座席に座れますね」とか言って、完全に俺の存在忘れられてたし。ほんとは俺入れて七人だし。内心傷つく俺をよそに、生徒会の皆サマは転校生くんの隣に誰が座るかで揉めてたし。

「二月の誕生石はアメジストだったな? ならやっぱりここはアメジスト入りのやつだろ。ホラ、これとかどーだよ、ヒナ」

 誰でも知ってるような誕生石の知識をドヤ顔で披露して、ヒナこと転校生くんに淡い紫のアメジストがはまった指輪を差し出す会長。

「だっからぁ〜! いくら二月の誕生石だからって、アメジストなんて地味な石、ヒナには似合わないってばぁ。やっぱりここはダイヤモンドでしょぉ? ほら、これとかど〜ぉ?」

 ダイヤモンドがはめられたゴールドのリングを差し出す会計。

「はあ、あなたは本当に馬鹿ですね。アメジストがヒナに似合わないというのは同意ですが、どうしてそこでゴールドなんですか? ゴールドじゃあすぐに傷がついてしまうでしょう。ここは、プラチナにするのが当然です」

 ふっとあざけるように笑って、同じくダイヤモンドがはめられた、でも白い輝きを放つプラチナのリングを差し出す副会長。

「副会長も考えが浅いですね。そこは、純金製にプラチナメッキを施すべきじゃないんですか? 僕ならヒナ先輩に贈るリングに金を使わないなんて考えられません」

 おそらく純金製にプラチナメッキを施されているのだろうダイヤモンドのリングを片手に、そっと転校生くんの手を取る庶務。

「もーっ! そもそも俺は誰とも結婚しないからな?!」

 しっかりと庶務の手を握っておきながら、大声で叫ぶ転校生くん。その声のあまりの大きさに周囲の客や店員の視線が一気に突き刺さった。

(……ああ、いたたまれない)

 ほんと、なんで俺こんなとこにいるんだろう。今ならそっと抜けて先に帰っても気付かれないんじゃないかな、なんて。そんなことを考えたとき。

「……あれ?」

 待てよ、となにか違和感を覚えていまだに結婚指輪のことで揉めている生徒会役員たちを見る。今日は誕生日プレゼントを探しにきたんじゃないのかとか、そもそも日本じゃ男同士は結婚できねぇぞとか、言いたいことはたくさんあるけれど。

(ひとり、足りなくね?)

 ひいふうみい、と指折り数えてみるも、そこには五人しかいない。俺をあわせても六人。あともう一人……いつもならあの集団にひっそりとまざっているはずの書記が、いなかった。
 どこか別の売り場にいるのだろうか。そう思ってきょろきょろとあたりを見渡すも、視界に入る範囲内にはいそうにない。というか、身長が190センチ以上ある長身なあの書記のことだ。ちょっと見てみつからないということは、いないということだろう。

(いつからいないんだ……?)

 そっと宝飾品コーナーを離れて、フロア内の別コーナーをうろつきながら記憶をさかのぼる。よく考えてみたら、さっきフロアを移動したときからいなかったような?
 エスカレーターに乗ったとき、あのでっかい人が前に立ってた覚えないもんな。俺、いつも一番後ろに乗ってたから間違いねぇし。
 今度は「自分ならどんな結婚式をするか」で争い始めた生徒会役員たちは、まだ書記がいなくなったことに気付いた様子はない。

(でも、教えた方がいいよな……?)

 とりあえず、このなかでは一番おだやかそうな庶務くんにそっと近寄る。いや、おだやかそうっていっても、唯一年下だからまだハードル低いってだけなんだけど。

「あの」
「……なにか用ですか? この平凡が」

 ひっ?!
 ちょ、誰だよこの般若の形相ですっげえドスのきいた低い声でこっち睨み返してきた庶務くんのこと「一番おだやかそう」とか言ったの?

(いや、俺だけど!)

「いや、あの、えっとですね」
「用もないのに話しかけないでくれませんか? 酸素が減ります。……ついでにいうと時間の無駄ですし、もういいですね?」

 ぴしゃりと言い捨てて、いや、ちょ、と制止する俺の声を聞くこともせず、庶務くんはそのまま立ち去ってしまった。

「……時間の無駄、って。あんたらの仲間のことなんだけど、なぁ」

 思わずイラッとしてしまったのは言うまでもない。
 短く息を吐いて、今度こそ生徒会役員たちの集団から離れる。書記を捜しにいこう。そう思ったのだ。

(……いないことにすら気付いてもらえないなんて、寂しいからな)

 少なくとも、いることに気付いてもらえない俺は寂しい。だったら、同じ寂しさを誰かに味あわせたりするべきじゃないと思った。
 とりあえず今いたフロアを一周みまわってみたものの、やっぱりいない。さっきまでいた一個下の階にもいなかった。
 トイレを覗いてみても、もしかしてもう戻ったのかと生徒会集団に戻ってみても、やっぱり、どこにも書記はいなかった。

「どうしたもんかなぁ……」

 弱ったなと首を傾げた次の瞬間、ふっと、ある考えが俺の脳内に降ってきた。

(いや、でもなぁ)

 もし「これ」を俺がやられたら、たぶん恥ずかしくて死ねると思う。でも、今回されるのは俺じゃなくて書記だ。今まで散々俺に迷惑をかけてきた生徒会集団のなかの、一人。

「……まあ、いっか」

 そんな軽い気持ちで、俺はデパート入り口付近でみかけた「そこ」へ足を向けた。





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