たろぴーさまリクエスト;ワタル×ヤギ02
「つうかお前、帰ってくんの遅ェよ」
酔ってしばらくすると眠くなってしまうタイプのヤギのことだ。きっと、酔い潰れて忘年会がお開きになるまでずっと寝ていたのだろう。
それならば連絡がつかなかったことにも、俺との約束を破ったことにも説明がつく。
だが、理解することと納得することは別物だ。せめて、今から帰るの一言くらいくれれば良かったのに。そう思ってしまう。
連絡ぐらいしろよな、とついぼやけば、ヤギは目に見えてしゅんとしてしまった。
「……ごめん、わたる。おこってる?」
眉間に皺をよせ、眉を八の字に垂らしたヤギは申し訳なさそうに俺を見上げる。無い耳がへにょりと垂れている様が容易に想像できてしまう自分が憎かった。
ただでさえ、酔いで紅潮した頬と油断によるものかいつもより幼い雰囲気、寒さにか潤んだ瞳にドキドキとうるさかった心臓が、上目遣いで見上げられたことによって鼓動の早さを増す。
(これは、抱きしめてキスして良いってコトか? それとも、今すぐ家までダッシュしてそのまま押し倒せってことなのか?)
さすがにこの寒さのなか青姦はキツいよななんて考えながら、ヤギに返答することも忘れてごくりと喉を鳴らした。
するとヤギは、俺が黙ったままでいることを怒っていると勘違いしたのだろうか。慌てたように俺の服にしがみついた。
「な、わたるごめんって。おれ、ねちゃって。きづいたらひづけかわっちゃってて、……やくそく、やぶってごめん」
そこで一旦、ヤギはきゅっと唇を引き結んだ。じわじわと目尻に涙の雫が生まれだす。
(別に怒ってなんてねェのに、そんなには)
思いながらも、このまま怒っているフリをし続けたらヤギはどうするのだろういう疑問がふっと俺の脳内に浮かんできた。泣くのだろうか、それとも涙は我慢し続けるのだろうか。悪趣味だとは思いながらも、知りたいと思ってしまう自分がいる。
だって、仕方ないだろう。俺は、ヤギのことを愛してしまっているのだから。
愛する人のことなら、どんなことでも知りたいに決まっている。
そう思った次の瞬間には、もう、思ってもいない言葉を口にしている自分がいた。
「……寝てた、ねぇ。ンなこと言って、ホントはどっかの男とイチャイチャしてたんじゃねぇのか?」
「そんな、ちがう」
「ああ、ホラ。確かアイツお前と同じゼミだろ。スーザン」
「うわきなんしてしてねぇもん」
「そんなの信じらんねぇよ。なんせ、お前俺との約束破るようなヤツだもんな」
よくもまあ、これだけスラスラと嘘が出てくるものだと我ながら感心してしまう。
「……わたる、ごめん」
「それは何に対しての謝罪なんだよ」
「やくそくやぶったこと……どうしたらゆるしてくれる?」
心底参ったような顔でコテンと首をかしげるヤギ。自分で考えろよと冷たく突き返せば、眉間の皺が更に深くなった。
俺のコートをぎゅっと強く握りしめながらも、ヤギは、必死になって「俺が許してくれる方法」を考えているらしい。その表情には焦りが滲んでいた。
(……さァて、一体どんなことをしてくれるのかね)
ニヤリとつい口角を上げてしまいそうになったとき、ヤギがハッとしたように顔を上げた。そして、言う。
「きす、すればいいか?」
「……は?」
キス? と、呆気に取られる俺の顔に、背伸びしたヤギが唇を寄せてくる。
(いくら深夜で人の気配が無いからとはいえ、マジでこんな街中でキスをするつもりなのか?)
驚きに目を見開いたとき、ふにっという感触と共にヤギの唇が俺の頬に触れた。
さっと身を離したヤギは「これじゃまだたりねぇ?」なんて言って不安そうにこちらの様子を窺っている。キスって頬にかよ、とか思う間もなく、俺はただただ、ヤギからの突然の行動に硬直してしまっていた。
だって、普段はヤギからそんなことをしてくるなんて滅多にない。好きになったのも俺から、告白も俺から、付き合うようになったのも俺の行動から。
手を繋いだのもデートも、初めてのキスもセックスも全部俺から迫った。
それでも、ヤギのほうが二つ年上で、その上惚れたのは俺のほうが先ということもあって、惚れた方が負け的法則で、いつだって主導権はヤギのほうが握っていた。
俺がキスしたくてもセックスしたくても、必ずヤギにお伺いを立てて許可を得る。それが俺たちの常だった。
だというのに、今は俺のほうが主導権を握っている。ヤギが約束を破ったというのを口実にして、キスでもフェラでもなんでも、ヤギに指示できそうな状況だった。
「わたる……」
悶々としたことを考えている間に、ヤギがまた顔を近付けてくる。ちゅっと小さく音を立てて、今度は唇にキスされた。この寒さのなかだというのに、酔いによって体が火照っているのか、ヤギの唇は熱かった。
見れば、ヤギは濡れた唇を薄く開いて、とろんとした目をしてこちらを見上げている。再び「わたる」と舌足らずな声で呼ばれると、ぞわりとした熱が背筋を這いあがって行った。
同時に、理性がぶちりと焼き切れる。
「っ、ヤギ……!」
衝動のままにヤギの唇に噛みつく。驚いたのか、ヤギは一瞬逃げるように身をよじったけれど、そうはいかない。俺の右手はヤギの腰に、左手はヤギの後頭部へと回されている。逃がすつもりなんて、さらさらなかった。
「あ、ん、わたるっ……」
ヤギが息を吸うために唇を開いた一瞬の隙に歯列を割って舌を滑り込ませる。
「は、酒くせ」
自然と緩んでしまう口元をどうすることもできないまま、奥で縮こまっていたヤギの舌を引きずりだした。わざと音を立てて唾液を絡め、ぢゅうと吸ってやればヤギの体は大げさなくらいにびくりと跳ねた。
最初は俺を突き放そうと胸板を押していた腕が、今やただ胸のあたりに添えられるだけになっているのが、ほんとうに、どうしようもなく可愛くてたまらない。
最後に下唇を甘く噛んでから離れれば、つうっと唾液がヤギの唇の端から顎の下へと垂れて行った。
顔を真っ赤にして、肩で大きく息をして。唾液に濡れた唇を拭おうともしないヤギの姿は、扇情的の一言に尽きる。
(……さて、)
さっさと帰って、一戦……いや、二戦三戦くらい、じっくりネチネチとヤるか。
今日はもうヤギにお伺いを立ててなんていられない。と、キツくなったジーンズの中身のことを思って決心したとき。
「おい、ヤギ。帰る……ぞ……?」
そう声をかけた俺の胸の中に、ぽすりとヤギが倒れ込んできた。
「なんだ? 家まで待ってられねェのか? いやでも、やっぱりこの季節に青姦はつら、」
「……すー、すー……」
「――オイ」
つらつらと自分勝手なことを述べる俺の耳に届いてきたのは、実に規則正しいヤギの寝息、であった。
嘘だろうと肩を掴んで顔を覗き込むも、先程までとろんと俺を見返してきていたその瞳は今はぴっちりと閉ざされていた。完全に睡眠状態に入っている。
「マジかよ……勘弁しろよな……」
ここからマンションまで、自分よりは低いものの立派に二十代男子の平均身長はあるヤギをどうやって運べというのか。
いや、それはそれとしても、なんとかマンションまで辿り着いたところで、もはや痛いほどにまでなっている股間をどうしろと言うのか。
なんとかかんとかヤギの体を支えたまま、深く溜息をつく。
「……結局、主導権は握れず仕舞い、ってか」
なんだかんだで、いつもこんな風に振りまわされている気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。まあ、でもきっと、仕方ないことなのだろう。
所詮、先に惚れたほうが負け、なのだから。
「……おかえり」
起きているときには言い損ねてしまった言葉を口にして、俺は、すやすやと気持ちよさそうに眠るヤギの髪へと、そっとくちづけたのだった。
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