煌さま、お徳用さまリクエスト;宮木×めえ


煌さまにリクエストいただきました「誕生日にプレゼントした時計を重陽が付けているのを目撃して宮木さんが喜ぶ」話と、
お徳用さまにリクエストいただきました「宮木さん視点/宮木さんと八木家」を一緒にさせていただきました。
リクエストどうもありがとうございました!













 俺が「あー、転職してぇ」と思うとき。それは、毎月末の仕事が忙しくなるとき。
 別に、忙しくて大変なのが嫌なわけではない。むしろ、大変なのは大量の書類処理なんかじゃなくて、もっと他の――

「宮木ぃ、俺疲れたーぁ。休憩しよ、きゅうけーーーい!」
「さっき休憩したばっかだろうが、このヤロウ」
「えー、そんな冷たいこと言わないでよ。ほら、俺とお前の仲でしょ」
「どんな仲なのか意味が解らない上に、今は関係ないだろ」

――そう、他の。例えばこの、大きなこどもみたいな主人の世話とか、だったりする。

 ここ最近ずっと、清明は書類を一枚処理するごとに休憩休憩と騒がしい。あまりのうるささに耐え兼ねて休憩を挟んだのが一時間前。それから今まで、処理された書類の枚数と「休憩」という言葉を言いた回数は、圧倒的に後者のほうが多いだろう。

 繰り返され過ぎて、段々「休憩」がゲシュタルト崩壊してきた気さえする。いっそ、ヘッドホンでもしたい気分だった。
 爆音でヘビーメタルでも流しておけば、清明の声はきっと簡単に掻き消されるだろうから。

「宮木―」
「……休憩にはしねぇぞ」
「ちげぇよ。書類、終わったからチェックしろ」

 だが、こうして休憩コールの合間合間にちょくちょく仕事のことで声をかけられるものだから、有能な秘書を自負する俺としてはそうもいかなかった。

 ノートパソコンの液晶から視線を移せば、「俺だってちゃんと仕事もやってんだぜ」と言わんばかりのドヤ顔をした清明の姿が目に入る。
 端的に言って、鬱陶しいことこの上なかった。俺のなかのイライラゲージがどんどん溜まっていく。

 チッと舌打ちして席を立ち、清明のデスクの前まで歩いていく。そしてデスク越しに清明と向かい合い、ひらっと差し出された書類に手を伸ばした――そのとき。
 さっと、俺の指先が紙を掴む直前に清明が書類を持つ手を引いた。結果、俺の手はただ空を切るだけとなる。

「……おい、お前な」
「これ、欲しい? 宮木」
「……」
「欲しいよな? これ無ぇと仕事進まねぇもんな?」

 困っちゃうよなーなんて、したり顔で清明は言う。ああ、ほんと、一発くらい殴ってやりたい。

「これ渡してほしかったらさ、宮木」
「なんだよ」

 じとりと睨み返せば、たちまち清明の口元に満足げな笑みが浮かんだ。この先の言葉は、もう、言われずとも解る。

「休憩、……な?」

――ああ、本当。転職したい





「全く、あいつは……」

 結局、根負けした俺は「俺が茶を淹れてきたら休憩な」ということで、それまでは仕事をしておけと数枚の書類を追加して、清明という名の鬼から逃げてきた。
 社長室の隣に作られた給湯室へ入り込みパタリと扉を閉めれば、ようやく心が休まる気がする。

「社長自ら仕事サボって、どうすんだっての」

 これでは他の社員に示しがつかない。ズキズキとこめかみのあたりが痛みだすのを感じながら、俺は水を注いだヤカンを火にかけた。
 続いて食器棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出しかけて、やめる。ただでさえストレスで荒れているだろう自分の胃を、これ以上カフェインでいじめる必要はないだろう。代わりに急須と湯呑を用意した。

「はぁ……」

 あとはお湯が沸くのを待つだけ、と状態になったところで、自然を溜息が零れ落ちる。
 毎月のことながら、この時期は忙しい上に清明の存在がストレスすぎて嫌になる。特に今月は年末ということも重なって、そのつらさはいつも以上であった。
 無意識のうちに「転職したい」とまた呟きそうになって、慌てて唇を噛みしめる。

(重陽さまに、仕えるためだ……)

 重陽さまのため、重陽さまのため、と呪文のように三度繰り返して自分に言い聞かせる。

 転職して、もっと楽で割の良い仕事につくのは簡単だ。けれどきっと、そこにはやりがいなんてものはない。
 だが、今我慢しておけば、いずれ重陽さまに仕えるという以前からの願望が達成できるのだ。ならば、耐えるしかあるまい。

「あー……胃に穴が開きそうだ……」

 独り言を漏らしながら上着のポケットからスマートフォンを取り出した。画面を数回タップして、ツイッター画面を立ち上げる。
 リストを呼び出して重陽さまのホーム画面に飛ぶまでの流れはもう、慣れたものだった。

ヤギ@meemee-yagisan
 スーザンとゲームするなう!(画像へのリンク)

 重陽さまのツイート一覧のトップには、そんな画像つきのツイートが来ていた。本当にゲームがお好きなんだなぁと、自然気持ちが和らぐ。無意識のうちに口元が緩み、だらしない笑みを形作っていた。

(一体なんのゲームなんだ?)

 この間までは、人気のモンスターをハンターするゲームをやっていたはずだが。縮小表示されている画像をよく見ようと、サムネイルをタップする。
 そしてそれが画面いっぱいに表示された、次の瞬間。俺はあっと息を呑んだ。

「こ、れは……」

 写真に写っていたのは、どうやらアクションゲームのパッケージのようだった。けれど、俺が驚いたのはそこにではない。注目すべきは、一緒に写り込んでいるゲームパッケージを持つ重陽さまの手のほうだ。
 僅かに見切れている、白く細いその手首には、見覚えのある時計。

「……重陽さま、使ってくださっているのか」

 華奢な彼に似合うようにと選んだシンプルなデザインのそれは、俺が重陽さまの誕生日にプレゼントしたものだった。
 短めに調節してもらったベルトはぴったりらしい。私服にも制服にも合うようにと苦労して選んだ腕時計は、部屋着らしいグレーのパーカーの袖から僅かに顔を覗かせ、存在を主張していた。

(使っていただけたらいいな、とは思っていたが……実際に使われているところを見たら、こんなに嬉しくなるものなんだな)

 先程まで以上に表情筋が緩みまくっているのを感じる。火を使っているせいだけではなく、顔が、いや、身体全体が熱かった。
 どうしても笑みの形になってしまう口元を手で覆って、俺はずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

――好きな相手に、自分の上げたものをつけてもらう、というのは。

(なんだかマーキングみたいだな……)

 咄嗟にそう思ってから、自分で自分の思考回路に呆れを覚えたのは言うまでもない。

 ただちにそのツイートをふぁぼって、ついでに、念には念を入れて画像自体も保存しておいた。待ち受け画面にしたいくらいだが、それはさすがにやめておこうとなんとか理性で堪える。
 喜びの雄たけびを上げたくなるのを我慢しながら、俺は小さくガッツポーズを作った。
 そのとき、

――がちゃり

 小さく音を立てて、給湯室のドアが開いた。

「オイ宮木ィ、茶ぁまだか……って、お前」
「……あ、」
「……なにやってんだ? ンなとこでしゃがみ込んで」

 ガッツポーズ? と、ノックも無しに入ってきた清明はきょとんと目を丸くした。まさか、こんなところを清明に見られるだなんて。今度は先程とは違う意味で、羞恥から顔が赤くなる。

「えっと、これは、だな、その」

 しどろもどろになりながらも、なんとかうまい言い訳を探していると「オイ」と清明が口を開く。

「火、沸騰してんぞ」
「え、あ、……ああ!」

 言われて指差された先を見れば、火にかけたまま放置しっぱなしだったヤカンの中で、ゴボゴボとお湯が沸いている音がしていた。ハッと我に返り、慌てて立ち上がりコンロの火を止める。
 やがて沸騰が収まったところで、俺はほっと胸をなでおろした。

(危ね……吹き零すとこだった……)

 気を取り直して、さっそくお茶を淹れようと茶葉の缶に手を伸ばしたとき、それを遮るように「で?」と切り出される。

「どうかしたのか、ぼーっとして」
「いや……」

 なんでもない、と誤魔化そうとしたとき。それよりも先に、清明がにたりと笑った。ああ、これは、なにかを愉快な――俺にとっては不愉快な――ことを思いついたときの顔だ。嫌な予感がする、と思うのもつかの間。

「もしかして、重陽か?」
「っ、それは」
「アタリか」

 やっぱりなぁと、清明は実に楽しそうに笑う。

「お前、顔超にやけてんだもんな。アイツ以外に考えらんねーし」

 指摘されて慌てて口元を引き締めるも、もう手遅れなことは明白だった。……ああ、クソ。顔に出てしまう自分が恨めしい。

「なんだなんだ、告白でもされたか?」
「ねぇよ」
「じゃあなんだ、今度こそメアドでも交換したか?」
「だから、ちげーって! ああもう、お前邪魔すんなよ! 今から茶淹れてやるから先に戻ってろ!」

 面白半分……いや、九割にからかってくる清明にそう叫んで、俺は無理矢理給湯室から追い出した。バタリと勢いよくドアをしめ、今度はきちんと内側から鍵をかける。
 給湯室になんで鍵がいるのかと前々から疑問に思っていたが、今だけはその存在が有難かった。

「あー……もう……」

 あいつに見られるだなんて、一生の不覚だ。きっと、これから先しばらくは、というか、仕事納めまでずっとこのネタで脅されるに違いない。

 年が終わるまでのあと少しのことを思って、僅かに憂鬱な気持ちになりながらも、それでも、俺の心は軽かった。

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