朝霞さまリクエスト;柏餅×ヤギ
朝霞さまにリクエストいただきました「柏餅×ヤギでめーちゃん動物化(ヤギ以外)」です。
二人がほのぼのしてるのが好きと言っていただけたので、ほのぼの……させたかったのですが……ほの、ぼの……? という感じになってしまいました。すみません。
リクエストどうもありがとうございました!
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昼寝から目が覚めたら、犬になっていた。
まるで嘘みたいな話だけど、残念ながら本当のことである。
まず目を覚ました時点でその視線の低さに驚き、次に視界に映った毛むくじゃらかつ肉球ぷにぷにの手足に驚き。そして最後に、部屋に置いてあった姿見に映った黒いゴールデンレトリバーの犬の姿に、ようやく自分が犬になったらしいことを認識した。
そうして最初に思った事は
「ああ、西崎辺りにまた『ヤギじゃないん?』って言われてからかわれるなあ」
とか、そんなことであった。
どうしたものかなぁ、なんて状況の割に微妙に楽観的なのは多分、寝ぼけた頭でまだこれは夢なんじゃないだろうかと疑っている自分が居るからだと思う。
(……とりあえず、部屋出てみるか)
もしこれが現実のことだとしたら、スーザンが居たらなんとかしてくれるかも。そんな軽い気持ちで体躯をのばし、前足をドアノブに引っ掛けてリビングへと出た。
体のでかい大型犬でよかった、とかちょっとだけ考えたり。
けれど、そうやってなんとか出た先のリビングには、目当ての人物の姿は見当たらなかった。きょろきょろとあたりを見渡してみるも、物音一つしない。試しにワンッと短く吠えてみたものの、やっぱり反応はなかった。
(あー……そういえば、今日部活だって言ってたっけか)
ならば他をあたろう。
どうせ夢なのだろうから、とさっさと思考を切り替えて、今度は玄関に向かう。忍が出かける際に慌てていたのか、幸いにも鍵は開いていた。不用心だとは思うけど、今は助かった。この肉球ぷにぷにな手(前足?)じゃさすがに鍵を開けるのは無理だから。
(誰か知ってるやついねぇかなぁ)
知り合いを探し求めて廊下を放浪する。しかし、休日だからなのかなんなのか、そもそも廊下には全然人が居なかった。なんでだ。
(いや、さすがにそろそろ……)
誰か出てこいよ、と若干の苛立ちを覚えたとき、不意にひょいっと曲がり角から見慣れたオレンジ色が現れた。
(!! うーたん……!)
「あっれ〜?」
相も変わらずオレンジづくしな服装のうーたんは、俺の姿を目にとめるなりパタパタと早足に駆け寄ってきた。かと思えば、俺の目の前にしゃがみ込む。
「わんちゃんだ!」
「……わんっ」
「うっわ〜! かっわいい〜〜〜!!!」
さすが女子力高いうーたん。かわいいぬいぐるみを目撃した女子高生のような声を上げて、顔をだらしなくゆるめ、俺の頭をわっしゃわっしゃとなで始めた。
……うん、いや、撫でてもらうのは気持ち良いんだよ。たださ、うん、あのさ。
(うーたん、力強ええ……!)
うーたんは、どうやら加減というものを知らないらしかった。
「え〜? なんでこんなとこにわんちゃんがいるの? どっから来たのぉ?」
「くぅん」
「ん〜〜〜? ……どこかなぁ」
さすがに犬語はわからないなぁ、なんてうーたんはぼやいている。そりゃそうだ。
「あっ、そうだ!」
はっとしたように突如大きな声を上げたかと思うと、うーたんは「ちょっと待ってね」と俺に手のひらを向けてから自分のパンツのポケットをあさり始めた。ごそごそすること数秒。
「ほら、これ!」
と、パッと差し出された手のひらに乗っていたのは、ビスケットだった。二枚一袋で箱詰めされている、よくスーパーとかで売っているようなあれだ。
「食べる?」
「わおんっ!」
そういえば、朝飯な中途半端な時間だった上に昼飯の前に寝ちゃったから、飯食ってなかったんだっけ。すっかり忘れていた。
元気よくひと吠えして「ちょうだい」とねだってみせると、うーたんは嬉しそうに「はいはい、ちょっと待ってね〜」と袋を開けてビスケットをだしてくれた。
「はい、どうぞ」
「わんわんっ!」
ありがとう、という意味で吠えてから差し出されたビスケットにかじりつく。良い意味で安っぽいほどよい甘みが舌先へ広がった。
犬ってビスケットとか食べても良いのか? とちょっと不安に思わないでもなかったけど、まあ、たぶん大丈夫だろう。元は人間だし。そもそもこれ、夢だろうし。
(まあ、いいや)
最終的にそう片付けたのち、俺は続いて二枚目のビスケットにかじり着こうとした――そのとき。
「おい、宇佐木ィ!」
なんだか、聞き慣れたけだるそうな声が背後から聞こえた。振り返れば、やっぱりかったるそうな顔をした二木せんせーがこちらに向かってくるところであった。
「ありゃ。二木せんせー、学生寮でなにしてんのぉ?」
「仕事だ仕事。それよりお前、寮はペット禁止だぞ」
「え〜? そう言われてもぉ、この子別に俺のわんこじゃないしぃ」
「はぁ? なんじゃそりゃ」
今度こそ二枚目のビスケットをゲットしてもしゃもしゃと咀嚼する俺の前で、うーたんは二木せんせーにたまたまここで俺に会ったということ、どこから来たのかや誰の犬なのかは解らないということをざっと説明していた。
「んじゃあ、迷子犬か?」
「それか、もしかしたら野良かもぉ?」
首輪してないしぃ、とうーたん。そりゃそうだ。俺が首輪なんてしてるわけがないだろう。
「野良ァ? こんな毛並み良いやつが野良かよ」
「うーん……そう言われちゃうと、確かに野良ってのは難しいかもしんないけどぉ〜」
「ま、どっちにしろ保護するしかねえな。飼い主が居るにしても、居ないにしても」
言うなり、二木せんせーは「おら、来い」と俺に手を差し出してきた。
(……もし、二木せんせーにおとなしくついていったら)
どうなるんだろう。
とりあえず保護されて、飼い主が捜されて。でもむろん飼い主なんて居るはずないから、そうしたら……どうなるんだ?
(まさか、保健所とか?)
脳裏をよぎった考えに、ざあっと全身の血が引くのを感じた。だって、保健所なんかに連れられていってしまったら、最悪殺処分なんてこともあるかもしれない。
いくら夢とはいえ、そんな目覚めの悪そうな事態はごめん被りたかった。
目の前の二木せんせーを見上げる。いつもと変わりないやる気のなさそうな目が俺を見下ろした。
ただいつもと違うのは、その瞳の中に映っているのは俺じゃなくて、一匹の黒いゴールデンレトリバーだということで。二木せんせーは、当然ながらその犬が俺だなんてことは知らないわけで。
(……こういうときは、)
「あっ、ちょ、おい! わんこ!?」
――逃げるに限る!
決意するなり、俺はその場から全速力で逃げ出した。滅多に使われない階段をだだだだだと下る最中、二木せんせーが「わんこ」だなんて言っているのがおかしくて、ちょっとだけ笑った。
(とりあえず、寮はだめだ)
今日は休日だから人が多そうだ、という理由で俺はひとまず学生寮を飛び出した。そうして人目をさけつつ、当てもなくさまよい歩くうち。やがてたどり着いたのは、休みで薄暗い校舎だった。
いくつか活動をしている部活もあるらしい。遠くのグラウンドや体育館からは歓声が聞こえた。けど、それ以外は本当に静かなものである。ここがいくらトンデモ学園とはいえ、休みにわざわざ登校するようなやつがいないのはどこの高校も同じらしい。
(……あれ)
風の向くまま気の向くまま、といった感じにうろついているうちに、あまり見たことのない廊下へ行き当たった。左右にずらりと並んだ扉のうち、一つだけ隙間の空いているものがある。そこからかすかに光が漏れていることに気付いて、俺は首をかしげた。
(……誰かいるのか……?)
こんな辺鄙な場所に?
不審に思いながらも俺はそろそろと扉に近づく。一歩踏み出すたびにペタペタと間抜けな音が響くのがちょっとおかしかった。
そうして首をのばし、そうっと隙間から室内を覗き込んで、俺はあっと声をあげそうになった。
(理一だ……!)
窓から差し込む日差しと、デスクライトだけに照らされた薄暗い室内には、眉間にしわを寄せて机上をにらみつける理一の姿があった。
時折考え込むような顔をしてはペンを走らせている。きっと、生徒会の仕事をしているのだろう。
(――理一なら、)
大丈夫、なのではないだろうか。
根拠もなくそう考える。そうして気がついたときにはもう、ドアの隙間に前足を差し込んで、ドアを開いている自分がいた。
広がったドアの隙間に体をすべり込ませて、毛足の長い絨毯の敷かれた床を駆けていく。たたっと理一の足元に走り寄ってグイグイとズボンの裾を引っ張れば、そこでようやく理一は俺の存在に気がついた。
「……い、ぬ?」
驚くことも忘れたかのようにきょとんとした表情を浮かべた理一は、正直、ちょっと可愛かった。
「どうして、犬がここにいるんだ?」
誰かの飼い犬か? なんていいながら、理一はペンを置いてキャスター付きのチェアをくるりと回し、俺に正面から向き直った。
「どっから入ってきたんだ?」
(正面玄関から)
「よくこんなとこまで来たな」
(気がついたら来てたからな)
理一の質問にわうわうと吠えることで答えていると、ぷはりと理一が噴き出す。
「お前、なんだか俺の言葉が通じてるみたいだな」
犬に触れるのは初めてなのか。理一は恐る恐るといった様子で俺の頭上へ手を伸ばした。最初はそうっと、次にはちょっと大胆に俺の毛並みを撫でつける理一の手は優しい。
理一に頭を撫でられる感触は心地よかった。不思議と、さっきうーたんに撫でられたときよりもリラックスしている自分がいる。
あまりの気持ちよさに思わず目を細めて耳を垂らす。もっと撫でてくれと言うようにクゥンと鼻を鳴らすと、理一はハッとしたように撫でる手を止めた。
「……お前」
「クゥン?」
どうかしたか? と首を傾げてみせれば、理一の表情がじわじわと驚きのそれへと変わっていく。
「お前……もしかして、ハル、か?」
え、
(どうしてわかったんだ?)
頭を撫でられる今の一連の流れの中に、どこか俺だとわかるようなことがあったのだろうか。正体に気付いてもらえた喜びと、でもどうして気付かれたのかという疑問とで複雑な気持ちになっていると、ふっとほほ笑んだ理一が言う。
「撫でたときに、お前いつも目を細めるだろ。あと、ちょっと顔を上向きにするから」
だから、ハルに似てるなと思って、と彼は言うが。
(え、俺そんなクセあったの……?)
そんな細かいところまで見てる理一さんスゲー、と。よくわからないままに感心してしまった。
「あとお前、眼の色がハルと一緒だろ。毛色はちょっとちげぇけど」
「わんっ」
「おお、なんだ。うれしいのか?」
よくぞ気付いてくれた! と嬉しさのあまりブンブン尻尾を振りながら一吠えすれば、理一はまた頭を撫でてくれた。ああ、やっぱり理一に撫でられるのは気持ち良い。
「それにしても、お前、どうしてこうなったんだ?」
しばらく俺の毛並みを堪能したあと、理一は今更のように問うてきた。気付いたらこうなってた、と答えたい気持ちは山々だけれど、わんわんと答えたところでそれが理一に伝わるとは思えない。
なんでだろうなぁと言うように首をかしげて見せれば、なんとなくニュアンスは伝わったのか「まあ、いいか」なんて、理一は諦めたように呟いた。
かと思えば、理一はデスク上に散らばっていた書類を手早く片付け始める。
(どうかしたのか? もう仕事終わったわけ?)
帰り支度をし始めた理一の足にじゃれつきながら「帰るのか?」と視線で問いかけてみれば、理一は「ハイハイ」と仕方なさそうに俺の頭を撫でてくれた。
――いや、撫でてほしかったわけではなく。そりゃ、撫でてもらえたら嬉しいけども。
「どうしてそんなんなったのかは知んねぇけど、ずっとここにいるわけにもいかねぇだろ」
まあ、そりゃそうだ。誰か来たら困るし。
「寮に戻っても同室者とか困るんじゃねえのか」
確かに。スーザンには理一ほどのスペックないし、気付いてくれるとかはなさそうだな。転入当初、あれだけの条件がそろっていながらも俺イコールヤギって結びつけることができなかったやつだし。
それが今度は犬だぞ? 気付けるとは到底思えない。
でも、じゃあ、どうしよう? 急に不安になった時、それを見透かしたかのようなタイミングで理一が言った。
「一緒に来るか?」
……へ?
「俺は生徒会長だから一人部屋だし、誰かに見つかったりする心配はねぇぞ」
きょとんとする俺に、「それに」と理一は言葉を続ける。
「俺もちょうど、仕事続きで疲れて癒されたかったとこだしな」
「……」
「来て、くれるか?」
――ああ、もう、本当に。
自分が来てほしいから、みたいに言って俺が頼りやすくしてくれるあたり、理一って本当に、反則的にイケメンすぎて、ちょっと困る。
とりあえず、
「わんっ」
元気よく吠えるのと同時に、勢いよく飛びついてみた。
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