汞乃さまリクエスト;宮木×二木
汞乃さまにリクエスト頂きました「付き合っている設定で、not恋愛な意味でめーちゃん大好きな宮木さんに嫉妬する二木さん/ハグ」です。
書き終えてから思ったのですが、宮木さん車なら二木せんせー迎えに行ってあげればよかったのでは……というアレ。大目に見ていただけたら嬉しいです……。
リクエスト頂きどうもありがとうございました!
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駅の改札を抜けると、宝石箱をひっくりかえしたかのようなキラキラが俺を待ち受けていた。
いくつものライトを取り付けられた植木に、チカチカと色の変わるイルミネーションを施された大きなツリー。
所詮はLEDライトとは知りながらも、冬の夜の澄んだ空気の中、ちらちらと舞う雪もあいまって、その光は一層キラキラと眩しく輝いて見えた。
辺りには陽気なクリスマスソングが流れている。底抜けに明るいメロディーからは、五線譜の上を音符が飛び跳ねているさまが容易に想像できた。
そんな音楽が掛かっているせいなのかなんなのか、駅間を行き交う人々はみんなどこか浮き足立っている。
(……まあ、クリスマスだもんな。仕方ねェか)
一年に一回くらい、こんな風に浮かれたっていいだろう。そんなことを考えながら手元の時計に目を落とす。長さの違う二本の針は、待ち合わせ時刻を大幅に過ぎていることを示していた。
紫煙を吐き出すようにはーっと大きく息を吐けば、それはたちまち白く染まる。ぼんやりとそれを眺めながら、俺は、本来ならば今頃一緒に居たはずの男のことを思った。
(怒ってるかね、アイツ)
昼過ぎから降り出した雪は、完全に予定外のものであった。天気予報でも「雨がパラつくかも」とは言えど、雪が降るだなんて一言も言っていなかったのだ。
それが、日が暮れていくにつれ雪の量は多くなり、仕事を終え学園からの最寄駅に着くころには大雪となっていた。
クリスマスの奇跡とでも言えば聞こえはいいが、現実はそうはいかない。
雪の存在が予定外だったのは鉄道会社も同じで、最初は遅延、次に一時運休。最寄駅からここまでの列車が運転再開したのは、ほんの三十分ほど前のことだった。
なんとかして、もみくちゃの電車になんとか乗り込んでここまでやってきたはいいものの、結果としては、一時間以上の大遅刻だ。生真面目そうで時間にも煩そうな彼のことである。もちろん連絡は入れたものの、さすがに怒っているのではないかと気が気でない。
自然、待ち合わせ先へと向かう足は早まった。
途中コンビニでビニール傘を購入して、まだちらちらと振り続けている雪の中、滑らないようにと足元に注意して進む。そうしてようやく見えた先。海の見える公園のベンチに、目的の人物の姿がポツリとあった。
真っ黒なコートにグレーのマフラーをしたその男は、傘も差さずにただベンチに腰掛けていた。つややかな黒髪を粉雪が濡らしている。
「なにも、外で待ってねぇでも……」
いくら待ち合わせ場所がこのベンチだからと言って、まさか本当にずっとここで待っていたとは。ばかじゃねえの、と思わず毒づきそうになる。
「風邪でも引いたらどうすンだよ」
年末だから仕事が忙しいと愚痴をこぼしていたのに。休みたいのに休めないと言っていたのに。これでもし本当に風邪を引いて、仕事を休まざるを得なくなったら、きっと自分を責めるだろうに。
「……ばっかじゃねえの」
今度こそ本当に悪態をついて、俺は震える背中に駆け寄った。
「宮木」
もう遅いとはわかっていながらもその頭上に傘を差し出す。
「遅れて悪ィ」
傘が男――宮木の頭上からズレないように注意しながら正面に回る。すると宮木は「ああ、お前か」とぼんやりとした返事を返した。
「肩に雪、積もってんぞ」
「ああ、悪い」
「つうか、どっか店にでも入ってろよ。風邪引くぞ」
「ああ……」
肩の雪を払ってやりながら言うも、帰ってきたのはどこか力のない返事のみ。
「……宮木?」
なんだか、さっきから様子がおかしい。いつものキッパリキッチリとした態度とは裏腹に、今の宮木は生返事ばかりだった。
もしかして、遅れたことを怒っているのだろうか。いや、怒っていてもおかしくは無いのだけれど。だが、それにしては反応がおかしい気がした。
だって宮木は、怒っているなら怒っているとハッキリ言う男だ。それが今は、これである。一体どうかしたのだろうか。首をかしげる。
「どうかしたのか?」
「いや……」
「もしかしてお前、もう風邪引いたのかよ?」
まさかと不安になって額に手を伸ばしたが、その手は触れる直前に宮木に捕まれてしまった。俺の手を包む宮木の手はひんやりとしている。氷のようだ。
「別に、体調が悪いわけじゃねぇよ」
「でもお前、手冷てぇし耳真っ赤になってっけど」
「それは単純に寒いからだ」
過保護なやつだなと言わんばかりに、宮木はうっとうしそうに俺を見上げた。が、よく見れば寒さで全身が小刻みに震えているし、微妙にろれつも回っていない。
本当に大丈夫なのだろうか。そんな思いが顔に出たのか、宮木は観念したように口を開く。
「ただ……」
「ただ、なんだよ」
「重陽さま、が」
「は?」
八木ィ?
どうしてここで、自分の教え子の名前が出てくるのだろうか。いや、八木がこいつにとって大きな存在であることはとうの昔に知っているのだけれど。
「八木がどうかしたのかよ?」
「……重陽さまが、今日出かけるとおっしゃっていたから。ちゃんと傘を持って出たかな、と」
「――ハア?」
なんじゃそりゃ。ぽっかーんと口を開ける俺を前に、一度口にして勢いづいたのか、宮木は次々に言葉を吐き出していく。
「この雪だし、お前の電車も遅れたくらいだから、重陽さまの電車も遅れたんじゃないのか? ちゃんとつけたと思うか?」
マフラーと手袋忘れてねぇかな。カイロ持ってったかな。それよりも、雪に滑って怪我とかしてねぇかな。エトセトラ、エトセトラ。
次から次へと出てくるのはすべて、今ここには居ない八木のことを案じる言葉だった。確かに大丈夫かねぇと返せそうなものから、正直「そこまで心配しなくてもいいだろう」と突っ込みたくなるようなものまで。宮木の心配は多岐に渡る。今度は俺が「過保護なやつだな」と宮木を見返す番だった。
その間も宮木の口は止まらない。最初は「そうだよなぁ、こいつ八木のことすげぇ好きだもんなぁ」と聞き流してはいたものの、いつまでも終わりの見えないそれに徐々に言いようのない苛立ちが募ってくる。
もちろん、こいつが八木に抱いている感情が恋愛感情ではない、どこか家族愛にも似たそれだということは知っている。付き合い始めるときにそのことで散々揉めたから今更だ。
でも今日はクリスマスで、今一緒に居るのは俺で、雪のせいで電車が遅れたのも、更に言えばマフラーも手袋もカイロも持っていないのも、八木ではなく俺だ。
なのにどうして、こいつは俺じゃなくてここには居ない八木を見て、八木の事ばかりを口にするのだろう。
(……今ここに居るのは俺なのに)
一度そう思ったら、醜い嫉妬心は抑えられそうになかった。
「ガキじゃあるめぇし、さすがに大丈夫だろ」
苛立ちのままに舌打ちを一つ。荒っぽい口調で「もし何かあったとしてもなんとかするだろ」と突き放すように言う。が、宮木はそれにむっとするような表情をした。
「重陽さまはまだ子供だろ」
十八歳だぞ、と至極まじめな顔で宮木は言う。
「もし大丈夫じゃなかったらどうするんだ」
追い打ちのように言われたそれが、多分、限界だった。
「っ、なら!」
張り上げるように発した声があたりの空気を揺らす。先ほどまでの静寂さはいつの間にやら消えていた。舞い続けていた粉雪は、水分を多く含んだみぞれ混じりのものに変わっている。
「なら、俺がガキであいつと同じ年だったら、お前は俺のことを一番に考えてくれんのかよ……っ!」
そういう問題じゃないことも、こんなことを言うのは馬鹿のすることだというのも解っている。けれど、どうしても口が止まらなかった。
「俺だってマフラー忘れたし手袋してねーし、雪のせいで急に電車止まっちまって待ち合わせ時間遅れたっつーのに」
どうしてそこで、俺じゃなくて八木の心配をするんだ。遅かったなでも大丈夫だったかでも、待たせてんじゃねぇよ馬鹿野郎でも。それが「俺に」かけられた言葉なら、なんでもよかったのに。
なのにどうして、お前は、……八木のこと、ばかり。
「ちょっとは、俺のことも心配してくれてもいいんじゃねーの……」
振り絞った声はみっともなく震えていた。それこそ、遠くから聞こえるクリスマスソングにかき消されてしまいそうなほどに微かな声。
だが、宮木にはそれで十分だったらしい。彼は、いつもの黒いサングラス代わりにかけていた黒縁の伊達眼鏡の向こうで、青い瞳をハッと見開いた。
「……悪い」
謝るなよ。ガキくさい自分がみじめになるから。
なにも言い返せないでいると、先程は俺からの接触を止めるために動いた手が、今度は、俺に触れるために動いた。氷のように冷たい指先が、傘から外れたせいで雪に濡れた俺の髪を一束、すくい上げるようにする。
「そうだったな」
「な、にがだよ」
「いや、悪い。当たり前すぎて忘れてた」
「いやだから、」
なにがだよ、と続けようとしたとき、不意に宮木の手が俺のネクタイを掴んでぐいと引き寄せた。えっ、と突然のことに目を見開くのも一瞬のこと。気が付けば、かさついた唇が俺のそれを覆って、俺の声は宮木の口の中へと吸い込まれていた。
こいつ、手は冷たい癖に唇はあったかいんだななんて、そんなことを思考の隅で思う。
ゆっくりと瞬きをすると、宮木の深く青い瞳が至近距離で俺を見返した。
「……確かに重陽さまも大事だけど、お前は『恋人』なのにな」
「…………」
「なのに、悪かった」
再度謝罪の言葉を口にすると、宮木はゆっくりと立ち上がり、俺の傘を握る俺の手を掴んだ。そして、宮木のほうに多くかかっていた傘を俺の方へと傾ける。
「肩に雪、積もってるぞ」
「人の台詞、パクってんじゃねえよ。てめぇ」
思ってもいないことを口にする俺の肩を、宮木はポンポンと数回叩いた。恐らく、そこに乗っていた雪を払ってくれたのだろう。さっきとは立ち位置が逆になっていることが、なんだかおかしかった。
何気なく宮木の手へと向けていた目線を持ち上げれば、同じようにこちらを見ていたらしい宮木と目が合った。そうして数秒顔を見合わせてから、自然な流れで宮木がこちらへと腕を伸ばしてくる。
俺はそれに誘われるように一歩前へ踏み出して、大人しく差し出された腕の中へと納まった。
「……寒い、な」
「あァ、そうだな」
そりゃまあ、寒いに決まってるよなあと思いながらも頷けば、背中へと回った宮木の腕に力がこもる。ただでさえ密着していた体が、僅かな隙間でさえも埋めようと言わんばかりに近付けられた。
「ちょっとくらいはあったかいか?」
耳元で聞こえてきた言葉に、どうやら寒さをしのぐためにこうしているらしいことを知る。
「若干な、若干」
「若干か」
「ああ、若干だ」
ただ抱きしめあったくらいでそう簡単に体が温まるわけがない。そう言い訳するように考えながらも、俺は自分の体が徐々に熱を持つのを感じていた。
無論それは、宮木の熱が移ったから、なんていう理由によるあたたかさではなく。それでも、宮木の存在が原因であることは明白であった。
(……こうしてりゃ、顔はみられねぇけど)
ばくばくとうるさい心臓の音は、きっと丸聞こえだろう。ならば、赤面した顔を見られなくとも意味は無い。
きっと全部知られているのだろうな、と思った。さっきまでの俺の醜い嫉妬も、俺が今、抱きしめられただけで思春期のガキみたいに顔を真っ赤にしていることも。きっと、宮木には全部お見通しなのだろう。
「二木」
「なん、だよ」
もぞりと身じろぎしつつ問い返せば、宮木は耳元でそっと囁いた。
「あっちに、車を止めてある。チキンとピザと、アンタが好きな銘柄のワインも用意しといた。……だから」
ケーキでも買って、帰ろう。
再び勢いを増した雪の中、俺はただ、宮木に抱きしめられたままで小さく頷き返すことしかできなかった。
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