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 なんだか変わった格好の、なんだかやかましい転校生がやってきて。そいつを理事長室まで案内したらしい副会長が「生まれて初めて一目ぼれをした」などとほざいて。それを珍しがった他の連中がそろって食堂に押し掛けた。
 それが、五月のこと。

 興味のなかった俺がひとり生徒会室に籠もっている間に、初めは小さなつむじ風のようだったそれは、どんどん周囲を巻き込んで、どんどん大きな嵐となっていった。
 六月のこと。

 気付けば俺は、ひとりぼっちで書類の山と戦っていた。
 それが、夏休み前。七月のこと。



――そして、



「生徒会室の不当な占拠、不特定多数の生徒とのいかがわしい関係の保持、仕事の放棄、生徒会権限の不正利用、等々」
「以上の理由から、生徒会長・松原螢(まつばらけい)のリコールを行う」

 俺が、嘘八百の理不尽な理由から生徒会長の座を追われたのが、つい先週。
 九月上旬のこと、だった。

「……アホくせぇ」

 副会長によるリコールがあっさり通ってしまってから数日。もう生徒会長ではなくなったのだからと、俺は今日、寮の生徒会フロアを追い出された。
 新しく同室者となったのは一つ年下の二年生。どこからどうみてもパッとしない平凡顔と俺へのビクビクした態度に、こりゃあ「長いものには巻かれろ」タイプの人間だなと俺は即座に判断した。

 あいにく俺には、平和に学園生活を送りたいだろう一般生徒に絡んで嫌がらせをするような悪趣味な嗜好はない。だから適当に自己紹介だけをして、さっさと自室に引っ込んでいた。
 まあ、その自己紹介も彼は全く耳に入っていないようだったけれど、別にどうでもいい。どうせあっちは、嫌でも俺の名前を知っているのだろうから。

「ほんと、アホくせぇ」

 カリスマ会長だなんだともてはやされておきながら、結局は全く信頼などされていなかった自分自身も。毎日転校生と遊び回っているところを目撃しているくせに、仕事を押しつけられていただなんていう副会長たちの嘘を信じた生徒たちも。
 そして、幼なじみであるはずの俺を蹴落としてまで生徒会長の座に固執したアイツも。

(みんなみんな、馬鹿みたいだ)

 固く閉ざされた扉を背にずるずるとその場にしゃがみ込む。膝を抱えて深く溜息をつけば、なんだか余計にみじめな気持ちになった。
 まだ外はじめじめと蒸し暑い。だとというのに、段ボールが山積みになった薄暗い八畳間はやけに肌寒かった。













 そうだ、食堂に行こう。

 某旅行会社のCMのようにそう思ったのは、玄関のほうから同室者が友人と連れだってどこかへ行く気配がしたからだった。
 なにかあるのだろうかと何気なく時計に視線を遣れば二本の針は夕食どきを示していて。だからかと納得をしながら、俺は荷ほどきをする手を止めた。

 気晴らしに食堂へ行くのもありかもしれない。なんてったって、この学園の食堂の料理は文句なしに絶品だから。
 財布とスマートフォン、カードキーをジーンズのポケットへ押し込んで、同室者の居ない共同スペースへと足を踏み出す。食堂へ向かうのは何ヶ月ぶりだろうかと考えたのは、オートロックのドアが閉まる音を背後で聞きながらのことであった。



 夕食どきの食堂は、人でごった返しひどく騒がしい。ドアを開けた途端、ざわざわと漏れ出してきたたくさんの話し声に、俺は「しくったな」と思わず顔をしかめた。

 リコールが決定してからまだそう日にちが経っていない。これだけ大勢の前に悪い意味で話題沸騰中の俺が姿を表せば、混乱が起きるのは目に見えていた。
 現にもう、ドア付近の席から食堂の奥の方まで、少しずつだが確実に戸惑うような声が広がって行っている。あからさまな罵倒の声が聞こえてこないだけましだなと、前向きに考えることにした。

 けれどこんな簡単なことにすら思い当たらなかったなんて、なんて俺は無能なんだろう。
 リコールの件が無かったとしても、いずれ生徒会長を失格になっていたに違いない。自嘲気味に苦笑を零した。

 ざわめきのことを考えると、一刻も早くこの場を立ち去ったほうが良かったのだろう。だが、ドアを開けて食堂内に立ち入ることもせずに背を向ければそのほうが余計不自然だろうと考えて、俺はそのまま中へ入った。

「あれ、生徒会長さま……?」
「ばっか、もう『元』会長だろ」
「なんか食堂で見んの久しぶりじゃねぇ?」
「確かに……副会長さまとかは、よくあの転校生と一緒にいるのを見たけど」
「っていうか、なんか……」

「――会長、痩せた?」

 雑多すぎて言葉らしい言葉にならない声を聞きながら、俺はギリリと唇を噛みしめる。
 きっと、囁くようなこれらはみんな、俺への失望や恨みつらみを紡いでいるのだろう。そう思うと胸が張り裂けそうだった。
 無意識のうちに、乾燥からか剥けた唇の皮を指先で引きはがす。これだけ大勢の生徒がいて、熱気に包まれていながらも、一人で歩く食堂はひどく肌寒かった。
 ぶるりと身を震わせて、長袖のパーカーに覆われた腕を擦る。あちこちからたくさんの視線に射抜かれて、なんだか眩暈までしてきた。

 足元が、ふらつく。

「ご注文は」

 やっとのことで空いているテーブルに辿り着くと、すぐさま俺に一人の男がそう声を掛けてきた。どこかぶっきらぼうなその口調に不信感を抱き、俺は開いたばかりのメニューから顔を上げる。
 すると、白シャツにギャルソンエプロン姿のウェイター……ではなく、白いコック服に身を包んだ長身の男が、そこには立っていた。
 その表情は硬く、なぜだか眉は吊りあがっている。どこからどう見ても不機嫌そうだ。

「ご注文は、お客サマ」

 明らかに客を相手にした態度ではないそれに、俺は思わずぷっと吹き出してしまう。すると、ギロリと睨まれた。気がした。
 一瞬のことだったし、その時俺はあわててメニューで顔を覆い隠していたから、本当のことはどうか解らない。

「ああ、すまない。ええと」

 なんだかすごく居心地が悪そうな彼のためにも早く注文を済ませようと、俺は手元のメニューへ目を落とす。が、数ヶ月振りのそれはなんだかいまいちよく解らなかった。

 別に、メニュー表自体が何か変わっているわけではない。ただ単に、「夏の余韻〜線香花火とともに〜」とかなんとか書かれたそれがどんなメニューだったかを、数ヶ月の間に忘れてしまっただけのことである。
 夏の余韻って、線香花火って。どんな料理なんだそれは、と以前なら気にも留めなかっただろうことにまたもや噴き出してしまいそうになりながら、俺はメニューの端っこに見つけた文字を読み上げた。

「本日の日替わりメニューで」
「かしこまりました」

 恭しく頭を下げて「メニューをお下げします」と俺の手元からメニュー表を回収する男の仕草は、やっぱりどこか固い。
 おそらくはキッチン担当なのだろう彼は、一体どんな表情で俺に料理を運んでくるのだろうか。そんなことを、また彼が来る保証なんてどこにもないのに、早足で厨房へ向かう彼の背中を見送りながら、ぼんやり思った。

――そのとき、ずきりとこめかみあたりに鈍い痛みが走った。

「っい、つう……ッ」

 ずくずくと、穏やかな波のようにやってくるくせに強い痛み。止むことを知らず繰り返すそれに、堪らずこめかみを手で押さえてテーブルに上体を伏せた。
 生徒会の業務に追われている間は、長時間のパソコン作業によって頭痛に悩まされることも多々あった。けれどその原因からはここ数日遠ざかっている。

 だというのに、どうして今更こんなに頭が痛いのか。
 ただでさえ痛む頭を悩ませていると、痛みに悶える俺の上にふっと影がかかった。





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