06






「なあ」

 呼びかけにふっと顔を上げると、なぜか、理一が両手を広げて待ち構えるような体勢でこちらを見つめていた。

「……え、理一さん?」

 なにその謎ポーズ。
 思いっきり顔をしかめて見せれば、ちょっと困ったような顔をされる。いやいや、困ってんのはこっちなんですけども。

「ちょっと、その、あれだよ」
「なんだよ」
「こっち来い」
「えっ」

 なんで?
 間を置かずに素でそう返せば、向かい合う理一は更に困った顔。いやだから、なんでだよ。

「言っただろ」
「なにを」
「発狂しそうだ、って」

 確かに、それは言われましたけども。

「発狂しそうなのと今のこのポーズと、なんか繋がりあるわけ?」
「ある」
「あんのかよ、なんだよ」
「発狂しそうだから、充電させろ」
「……ハァ?」

 じゅうでんんん?????

「なに言ってんの、お前」
「なんだ、だめなのか」
「や、だめってわけじゃ……」

 ないけども、と言い掛けてハッとする。

「イヤイヤ、そういう問題じゃないから。そういう問題じゃ」
「チッ。ばれたか」

 一歩後退りながら指摘しNOと告げると、思いっきり舌打ちをされた。ばれたか、じゃありません。ていうか、さりげなくガラ悪ィなこいつ。
 理一、恐ろしい子……! ワイシャツに覆われた腕をごしごしと擦る。

 理一は、ついつい身構える俺を一瞥すると、瞼を伏せて考えたのちにこう提案した。

「じゃあ、こういうのはどうだ?」
「……」
「俺が仕事を頑張った『ご褒美』に、」

 なんだか、やな予感。

「……『ご褒美』に?」
「こっちにこい」

 恐る恐る問い掛けた俺にそうサラリと言って、ん、と広げた両手をアピールする理一。やっぱりか!

「えっ、ちょっと待って理一さん? 一応聞くけど、俺そっち行ったらなにされんの?」
「俺に、こう、ぎゅっと」
「理一お前、そんなんがご褒美で嬉しいわけ?!」
「嬉しいが?」

 ハグ的な仕草をしてみる理一に、信じらんねぇと叫び返す。嘘だよな、嘘だって言ってくれ。そんな俺の想いも虚しく、理一は「それがなにか?」とあっさり頷きやがった。まーじでー。

「意味わかんねぇ……」
「別に意味わかんなくねぇだろ。さっきから、お前は一体なにが嫌なんだよ」
「いや、あのさ。男二人でひとけのないところで密会、更にハグって、なんか響きがやばくない?」
「別に友人同士でハグするくらい普通だろう」
「普通、かぁ?」

 ここ日本だよ、欧米じゃないよ。それでも普通なわけ? と食い下がってみるも、それでも普通だと当然のように頷かれてしまっては、もう為す術はなかった。
 時には諦めることも肝心、なのかもしれない。

「――……しゃあねえな」

 ふぅ、と溜息をひとつ。諦めたはものの、自分から広げられた腕のなかに入っていくのはどうにも躊躇われて、俺は腕を開く。

「充電したけりゃそっちから来いよ、会長サマ?」
「…………ほんとに、お前は」

 飽きさせないやつだなと笑った理一が腕のなかにするりと入り込んできたのは、それから間もなくのことだった。













 理一の『充電』に付き合うため、正面から抱き締め合ったまま床に座り込んだ俺たちは、久しぶりの至近距離を楽しみながらアレコレと色んな話をした。
 二木せんせーからのパシられが段々エスカレートしていること、理一のアカウントをフォローしたスーザンの紹介。俺がスーザンと出会ったときのこととか、他にも色々。
 ついさっき起きた宮木さん騒動についても、従者に云々の部分とかを省きつつ概要をざっと話した。

「てかさ。理一お前、開会式のアレ、なによ?」

 そういえばと思い出して、くっつけた体をちょっと離す。突然全校生徒の前で感謝の言葉を述べられた件について問いただすと、理一はなぜか不満そうな顔になった。

「なにって、なにがだ?」
「どういう意味だったわけ、的な」
「別に……意味もなにも、ただ俺の素直な気持ちを言っただけだが」

 ごく普通にそう言う理一に、俺はまたかぁっと顔が熱くなるのを感じた。やばい。赤くなった頬を見られないように、慌てて理一の顔を引き寄せる。当然、先程生まれたばかりのわずかな隙間も一瞬にして埋まった。

「……理一さ」
「なんだ」
「お前、いっつもそんな感じなわけ?」

 冷静に考えたらクッソ恥ずかしいセリフを、ドストレートに口にする。
 そんなことを何度も繰り返していたら、この学園じゃひどく誤解されるだろう。色んなイミで学園の人気者である生徒会長サマの貞操が、なんとなく心配になった。

 しかし理一は、そんな俺に一瞬キョトンとしたのちに、こうのたまった。

「お前、なんか勘違いしてねぇか?」
「――は?」

 勘違い?

「してねぇと思うけど」
「いいや、してるな。絶対ェしてる」

 そもそも何を勘違いするっていうんだ、と返した俺の言葉を全力で否定して、理一は俺の背中に回していた腕を解いた。もう顔赤くないかな、大丈夫かな、とソワソワしつつそれにならえば、ごつりと額を額にぶつけられる。痛。

「ハルお前、俺が誰にでもこんなこと言うと思ってんのか?」

 言ってそう。
 反射的に思ったのが顔に出たのか。目ざとくそれを見つけた理一は不快そうに顔をしかめた。

「言っただろ」
「なにを」
「『大事な友人に』、って」

 先程と同じやりとりの末に出されたフレーズは、あの開会式で理一がマイク越しに発した言葉だった。

「大事なやつにしかいわねぇよ、あんなん。……つまり」
「つまり?」

 中途半端に切られた先が気になって促せば、ニヤリ、といたずらっぽく口角を上げる理一。あ、しくった。聞かなきゃ良かったと後悔するも、もう遅い。

「いまんとこ、お前だけってことだよバカヤロー」
「……バカヤローはどっちだ」

 ごく自然に告げられた、嬉しいようで恥ずかしい言葉に、俺はごつんと頭突きで応えた。

「マジで、そういうのはやめろっつうの。言われたこっちが恥ずかしいわ……」

 額を押さえて悶絶する理一に文句を言うと、恨めしげに睨まれる。

「……それを言うなら、ハル。お前だってそうだろ」
「ハア? なにが」
「志摩だよ、志摩。お前、アイツのことたらしこんだだろ」
「たっ」

 たら?!
 何、たしこむって?

「してねーよ! そんなん」
「お前はそのつもりが無くてもな、しっかりちゃっかりたらしこまれてんぞ、志摩」
「はああ……?」

 確かに昨日、俺は志摩と話した。話したけれど。あれはたらしこむ云々というよりは、どちらかというと説教に近い気がするのだけれど。
 納得のいかない俺に、理一は更に言葉を続ける。

「あいつ、昨日生徒会室に来たんだよ。そんで、仕事してなくてすいませんでしたっつって、俺に謝ってきた」
「……へえ?」

 昨日別れてからの志摩の話に、俺は知らず感心の声を上げる。開会式に出ていたからには生徒会室に行ったのだろうなとは思ったけれど、まさか理一に謝ったりしていたとは。
「それでだな、どういう心境の変化なんだって聞いたら、志摩のやつ、なんて言ったと思う?」
「佐藤灯里に、なんかひどいこと言われたとか?」

 それで冷めて目が覚めた、とかが可能性として一番あり得そうだ。
 そう思って言えば、「残念」と首を振られる。

「お前に説教されたから、だと」
「……えっ、俺?」

 俺に説教されて? それで、目が覚めて理一に謝ったと?
 なんだそりゃ、意味が解らない。

「もちろん、たぶん他にもなんかの要因が重なったとは思うけどな。それでも、迷ってた志摩をお前が後押ししたのに変わりはないだろう」

 だから、無自覚にたらしこんでるって言ってるんだ。理一はそう続けたが、それにも俺はなんだかピンと来なくて、ただ「そうなんだ」と相槌を打つことしかできない。

「お前、なんか危なっかしいし、気を付けろよ。そんな風に無自覚にたらしこんで回ってたら、いつか後ろから襲われんぞ」
「襲われ、って……」
「――と、まあそれは建前で」
「建前?!」

 この学園じゃリアルにありそうだとぞっとする俺。に、間を置いてそう言葉を繋げた理一は、ちょっと拗ねたような顔をする。

「……俺以外のやつに構ってんじゃねぇっつーの」

 ばかやろう、と小声で付け足され、俺は完全に撃沈した。

 えっ、ちょっ。
 拗ねる柏餅会長可愛すぎてしぬる。





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