12
結局、うーたんとの待ち合わせ場所についたのはそれからかなり時間が経った後のことだった。
俺が校舎中庭のベンチのところへ駆けつけると、うーたんはぐるぐる巻きにしたニットのマフラーに顔を埋めてベンチに腰掛け、つまらなそうに足をぶらぶらと揺らしていた。
片手には相変わらずオレンジのケースに包まれたiPhoneが握られていて、時々ちらちらとロック画面に視線を落としている。
その横顔はどこか張り詰めていて、一瞬声をかけるのを躊躇ってしまいそうになる。
「うーたん、お待たせ」
意を決して声をかければ、うーたんはすぐにぱっと顔をあげた。
わずかに視線を彷徨わせたのちに俺の姿を見つけると、くしゃりといくらか表情をやわらげる。
「めーちゃん」
長いこと外で待っていたのだろうか。
立ち上がったはずみでズレたマフラーから顔をのぞかせたうーたんの鼻の頭は真っ赤になっていた。
「ごめん、遅くなって。ちょっと忍に捕まっててさ」
「あはは。スーザンが原因じゃしょうがないね〜。あとでリプで文句言っとこ」
「てか、ほんと急でごめんな、うーたん。マジで今日大丈夫だった?」
「へーきへーき! 俺は内部進学組だし、風紀も引退しちゃったからほんとにやることないんだよね」
「そっか、なら良かった」
気を使わせてしまったわけではないらしいことに、ほっと息をつくのもつかの間。
気を抜いた一瞬のうちに、どことなく気まずい沈黙が俺とうーたんの間に落ちてしまった。
(どーしよ……)
なんて言って、うーたんに話を切り出せば良いのだろう。
どうすれば、うーたんを傷付けずに話をすることができるだろう。
下手なことは言えないぞと考え始めたらドツボにはまってしまって、俺は身動き一つ取れなくなってしまった。
あまりにも長すぎる沈黙に、だらだらと大量の冷や汗が俺の背中を伝い始めたとき、「ふふふっ」という押し殺したような笑い声が静寂を破った。
えっと驚いて見てみれば、うーたんが手の甲で口元を押さえながらも、こらえきれない様子でくすくすと笑っている。
「めーちゃんったら、キンチョーしすぎだから!」
「や、え、だって」
緊張しないわけがないだろう。
そう言う俺に「そうだけどさぁ」とうーたんはさらに笑い声を大きくする。
「めーちゃん、こないだの告白の返事しにきてくれたんでしょ? それくらいわかってるよ、俺だって。お互いわかってるんだったら、めーちゃんが緊張する必要ないじゃん」
「そう……なのかな」
「そうだよ。少なくとも、今、俺たちの間ではさ」
ね、といたずらっぽくウィンクなんてしてくれるうーたんは、なんだかんだ優しいなあと思う。
ネットからの友人なだけあって気も合うし、一緒に居て楽しいとも、頼りになるとも思う。
……思う、けれど。
「あのな、うーたん」
「……うん」
「俺のこと、好きだって言ってくれてありがとう」
「うん」
「でも―ごめん」
びくり、と俺の言葉を受けて、うーたんが僅かに肩を震わせる。
コートとマフラーでモコモコしているからわかりづらいけれど、俺は見逃さなかった。
あんな風に茶化しておきながら、結局はうーたんも緊張していたんじゃないか。
その事実にきゅっと胸が締め付けられる。
「うーたんのことは好きだし、好きだって言ってもらえて嬉しかったけど、恋人になることはできません」
ごめんなさい、と深く頭をさげる。
そのままなかなかあげることができずにいると、「そっかぁ」と、消え入りそうなつぶやきが頭上に降ってきた。
「いやぁ〜、振られるってわかってても、やっぱりショックなもんだねえ、案外」
「うーたん……」
「しかもめーちゃんったら、バレンタインに振るとかいうなかなかドSなことしてくれるし」
「うっ」
それはごめん、本当にごめん。
いっぱいいっぱいすぎて、その辺りまでは気が回らなかったのである。まじめに。
「うん……でもまあ、仕方ないよねぇ。だって、めーちゃんは柏木サンのことが好きなんでしょ?」
「えっ」
うーたんまでなぜそれを。
思わず顔を上げると、苦笑交じりに「わかるよ、そりゃ」と呆れられた。
つい先程も聞いたようなセリフである。
そんなに俺はわかりやすすぎるのだろうか。ちょっと凹みそうだ。
「もう、いいよ。めーちゃんったら、そんなに凹まないでよ。うっかり告白しちゃったあのときから、俺、ちゃんとめーちゃんに振られる準備してきたんだから」
「振られる準備、って……」
そんなもの、いくら準備していたって、実際にはほとんど役に立たないだろうに。
どこまでも明るく振舞ってみせるうーたんに不甲斐なさを感じた。
「もーっ、俺のことはいーから! とにかく、ほんとに気にしないで。ほら、めーちゃん、柏木サンにチョコ渡しに行くんじゃないの?」
うーたんの視線が俺の持つ紙袋に向けられる。
どうやら、うーたんには最初からなにもかもお見通しらしい。
気まずさと情けなさから口をへの字にして見せれば、うーたんは「ほんと、めーちゃんってわかりやすすぎ」と肩をすくめて見せた。
すっかり葉の落ちた木々の隙間からこぼれる太陽の光が、うーたんの鮮やかなオレンジ色の髪を一層きらめかせていている。
見慣れたその鮮やかさが、いまだけはすこし目に痛かった。
「ほら、早く行きなよ、めーちゃん。柏木サンなら、今日も図書館の自習室にいるだろうし」
「うーたん、なんでそんなこと知ってんの?」
ていうか「今日も」ってどういうことだ? と首を傾げれば、えっと驚いた声を返される。
「逆になんでめーちゃん知らないの? 柏木サン、入試前の最後の追い込みでここのところずっと自習室にこもりきりだって、結構みんな知ってると思うけど」
「マジかよ」
なんか薄々そんな気がしてたけれど、俺はこの学園の他の生徒に比べると相当情報収集能力が低いらしい。情弱乙。
「それじゃあがんばってね、めーちゃん。めーちゃんの幸せを祈ってるよ」
そう言って俺を見送ってくれたうーたんの表情はどこまでもやさしく、そして、泣き出しそうに見えた。
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