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つくづく、うちの学園の購買はすごいなあ、と。
買ってきたばかりのチョコレート箱を前に、俺はしみじみと実感していた。
だって、男子校の購買にチョコだぞ?
ポッキーとか明治の板チョコとかきのこたけのことかならともかく、バレンタイン向けのひらひらしたラッピングを施された「いかにも」なチョコを、男子校の購買に入荷しようとは思わないだろう、ふつう。
それが実際は甘そうなのからビターなやつ、「友チョコ」むけのプチギフトチックなものまで種類豊富にずらりと購買の一角を占領しているのだからびっくりだ。
「ま、今回ばかりはそれに助けられたわけだけど」
そう。実は俺も、購買でチョコを買ってしまったやつのうちの一人だったりする。
もらう側ならまだしも、自分があげる側になるのなんて生まれて初めてだから、お会計するときに無駄にどきどきしてしまったのはここだけの話だ。
悩みに悩んだ挙句、俺が選んだのは一番ベーシックなミルクチョコレートだ。
形もラウンドとかスクエアとかのシンプルなもので、中にガナッシュが入っているだけのやつ。
なんだかんだでこういうやつが一番美味しいだろうと思ったのだ。シンプルイズザベスト。
「さて、問題はこれ、だよなあ」
チョコの箱の横に置かれたメッセージカードをじっと睨みつける。
白い高級そうな紙に金箔で枠が描かれただけのシンプルなそれは、購買のレジの人にもらったものだった。
なんでも、チョコを買った人全員につけているらしい。
きっと口ではうまく伝えきれないだろうからちょうどいい。
ハガキサイズのこれに理一への思いをしたためようと、寮の自室にこもりはじめたわけだけれど。
「わっかんねー!」
かれこれ三十分は経とうとしているにもかかわらず、俺にはなんて書いたらいいのかの案がこれっぽっちも浮かばなかった。
うっかりしたら「梅の蕾がほころぶ季節となり……」とかいう堅苦しいことこのうえない書き出しをしてしまいそうなくらいだ。
ペンを握りしめたままの状態でうーんと唸る。
いっそ「ラブレター 書き方」とかでグーグル検索したいくらいだった。
「ラブレター、なあ」
理一の好きなところなんていくらでも思いつくし、どれくらい好きかだっていくらでも書ける自信がある。
けど、それを全て書いたらこのカードには収まりきらないし、それになにより、あまり格好よくはないだろう。
「……うん、決めた」
指先で弄ぶばかりだったペンを改めて握り直す。
シンプルイズザベスト。
さっきと同じ言葉を繰り返して、俺はカードの中央に短く一文だけ書いた。
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『俺は 理一のことが 好きです』
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そうして迎えたバレンタイン当日は、授業のない、ゆったりとした空気が流れる土曜日であった。
俺は少し遅めの朝食をあり合わせのもので軽くすませると、理一にチョコを渡しに行く――前に、久しぶりにツイッターの画面を開いた。
『ヤギ@meemee-yagisan:@pyon-rab うーたん、いまちょっと時間ない?』
『うー@pyon-rab:@meemee-yagisan あるよー暇人なうだから!』
『ヤギ@meemee-yagisan:@pyon-rab そしたら、今から中庭のベンチのとこに来てくんない? 話があるんだけど』
『うー@pyon-rab:@meemee-yagisan わかった』
うーたんからの了承のリプライを確認してから、よし、と小さく息を吐く。
これから、うーたんに会って話をする。
そう思うと急に緊張してきた。
うーたんからのリプライのなかに、いつもならある顔文字が一つもないあたり、うーたんもなんの用なのかは薄々察知しているのだろう。
いつまでも保留にしておけないとわかっていても、やっぱり、いざ目前に迫るとどうしようもなく怖かった。
逃げてばかりはいられないのだと自分を奮い立たせて、上着を羽織り部屋から出る。
理一に渡す予定のチョコレートが入った紙袋も忘れずに持った。
共有のリビングに忍の姿はない。
そのまま部屋を突っ切って玄関へ向こうとしたとき、背後でがちゃりとドアの開く音がした。
「めーちゃん」
振り返れば、部屋着のままの忍が携帯片手にそこに立っていた。
「……めーちゃん、うーたんのとこ行くの?」
「ああ、ツイッター見たのか? そうだけど」
それがどうかしたのかと首をかしげる俺を、忍は、底の見えない目でじっと見つめてくる。
常とは違う雰囲気に、ぞくりと背筋が泡立った。
どうしたのだろう、忍。なにかあったのだろうか。
そんな俺の不安に応えるかのように、忍は次の言葉を口にした。
「めーちゃん、うーたんのこと振りに行くんだろ」
「え」
どうしてそれを。
というか、なんで俺がうーたんに告白されたことを忍が知っているんだ?
ズバリ確信をついてきた忍に、とっさになにも言い返せない。
忍はそんな俺の態度を肯定の返事と受け取ったようだった。
「めーちゃんがうーたんに告白されたことくらい、二人を見てればわかるよ。めーちゃんに、他に好きな人がいるってことも」
「はっ!!? まじで?」
嘘だろうと愕然とする俺に、忍はどこか張り詰めた面持ちで頷く。
「めーちゃんは、会長……柏木先輩の事が好きなんだろ? それくらいわかるよ。めーちゃんが柏木先輩のこと見てたのと同じくらい、俺もめーちゃんのこと見てたから、さ」
「え……」
それって、と言いかけた時、がしゃんと大きな音がした。忍が携帯を取り落とした音だった。
不意に起こったそれに俺がひるんでいる隙に、どすん、と体当たりでもするかのように忍が抱きついてくる。
「ちょ、おい、忍?!」
どうしたのかと、俯いたその顔を覗き込んでぎょっとする。
俺にすがりつくようにして抱きつく忍は、顔をぐしゃぐしゃにして、今にも泣き出しそうになっていた。
「めーちゃん」
「なんだよ、どうしたんだよ、お前」
「めーちゃん、ちゃんと帰ってくるよな? この部屋に。俺、めーちゃんとちゃんと友達のままでいれるからさ」
だから、と忍はかすれた声をつむぎ続ける。
「だからこの部屋に帰ってきてくれよな? なあ、お願いだよ、めーちゃん……っ!」
懇願するような声に、俺はハッとワタルとの一件のときの忍の言葉を思い出した。
『俺はうーたんの気持ち、わかるよ』
ひとりでワタルに会いに行った俺に、あのとき忍はそう言った。
そして今の俺は、その「うーたんの気持ち」をもう知っている。
「忍、お前もしかして、俺のこと――」
「だめだよ、めーちゃん」
好きだったのか、という直接的な問いを遮って、忍はへにゃりと情けない笑みを作って見せた。
「俺とめーちゃんは、いままでも、これからも、一番の友達なんだからさ」
ともだち。
たぶん、いままで何度も忍に対して言ってきた言葉だ。
その度忍がどんな感情を抱いてきたのか、いま用いられたその言葉にどれだけの想いが込められているのかは、今の俺には計り知れない。
だから、そのときの俺にできたのは。
「……うん、約束する。絶対、ちゃんとここに帰ってくるから」
そう言って、忍からの弱々しい抱擁を受け止め続けることだけであった。
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