09


(……なんだったんだろ……)

 なんだか、ものすごく疲れてしまった。

 佐藤灯里にからまれて、なんだかとんでもないことを叫んでしまって、殴られかけて。
 更には、二木せんせーの名言なんかも聞いてしまって。

(ていうか、そうだよ! 俺、さっきとんでもないことを)

 公衆の面前で、愛の告白のようなことをしてしまったのだった。
 その事実を思い出した突端、さあっと全身の血の気が引いていく。

 そんな俺の元に、人混みをかき分けて誰かが駆け寄ってきた。

「めーちゃん!」
「西崎……」
「大丈夫か、めーちゃん」
「なんとか、いちおう」
「いやあ、びっくりしたでぇ。なんや言い争っとる声が聞こえたから来てみたら。めーちゃんは殴られそうになっとるし、二木せんせーはえらい格好いいこと言うてはるしで、もうなにがなんやら……ああ、でも、めーちゃんが無事でほんっまに良かったわぁ」

 良かった良かったと繰り返す西崎を見ていると、俺までなんだか安心してくる。

 ほっと肩の力を抜いて息をついたその時、その後ろからスッと数人の小柄な生徒たちが歩み寄ってきた。
 そこには、先程人ごみのなかに見つけたあの顔もまざっていて、俺は思わず「げ」と顔をしかめてしまう。

 それを不審に思ったのか、西崎が反射的に振り返る。
 あいにく俺からはその表情は見えなかったけれど、やっぱり「げ」と漏らすのが聞こえた。

「会長サンんとこの親衛隊長やんけ!」
「元ね、『元』」

 元会長だよ、と訂正を入れたのは、やはりあのとき「危ない」と危険を知らせてくれた生徒だった。忍の情報が正しければ、確か理一と同じ三年生だったはずだ。

「どっちにしても、柏木サンんとこの親衛隊なんには変わらないやんけ」
「まあ、そうだけど……っていうか、もう! 今はそんなことはどうでもいいの!」

 ツッコミを入れる西崎を面倒くさそうにあしらうと、理一の親衛隊の隊長さんはすっとターゲットを俺に変えた。
 間に立っていた西崎すら押しのけて、すたすたと目の前まで歩み寄ってくる。

(あ、これ詰んだわ)

 これは、俺、理一に近づくなとか言われるやつだ。絶対そうだ。
 そうに違いないと、果てしない絶望感に包まれる。

「八木重陽、あんた……」

 神妙な面持ちの親衛隊長さんに、あたりの緊張感が一気に高まる。

 俺はもう、理一に関わることすら許されなくなってしまうのだろうか。
 親衛隊長さんの薄っすらと開いた唇から、次にどんな言葉が発せられるのか。考えるだけで怖くなる。

 覚悟を決めて、ぎゅっと固く目をつむった――





「柏木様のこと、あんたがそんなに想ってたなんて……!」





――速攻で開いた。

「へっ?」
「ていうか、柏木様が機械音痴ってどういうこと?」

 いやいやいや、待て待て待て。
 どういうこと? はこちらの台詞だ。

 動揺する俺をよそに、親衛隊長さんはキラキラした目で「詳しく教えて!」とせがんでくる。
 その後ろを見れば、同じく理一の親衛隊なのだろう他の生徒たちも、同じようにキラキラした眼差しと溢れんばかりの笑顔とを俺に向けてきた。

 どういうこっちゃと西崎に助けを求めてみるものの、お手上げだとばかりに欧米風「やれやれ」のポーズを返される。
 完全に八方塞りだ。

 そうして、悩みに悩んだ末に俺が出した答えは、

「……とりあえず、場所移動しませんか?」

 という、現実逃避にも似た、その場しのぎのものだった。













 それから十数分後の、今。

 俺は、大丈夫か? ホンマに大丈夫か? としつこく食い下がってくる西崎を「大丈夫だ、問題無い」の一言で帰らせて、学園生なら誰でも借りることができる寮の談話室を貸し切り、理一の機械音痴っぷりについて親衛隊長さんたちに語っていた。

「――で、理一のやつ、自信満々に言ってたくせに結局メールひとつ送ってくんのにめっちゃ時間かかってたんですよ!」
「えー、なにそれぇ! かいちょ……柏木様ったら、かわいいー!」

 ちなみに今していたのは、志摩からの世界史の勉強法のメールを俺に転送するのに二十分もかかったあの話だ。

 人のことを勝手にぺらぺらと話したり、誤字脱字のひどい理一からのメールを見せたりするのはすこし躊躇われたけれど、俺だって命は惜しいのだ。
 これで親衛隊からの風当たりが和らぐのであればいくらでも話そう、という所存である。

 許せ、理一。とりあえず、心の中で謝っておくことにする。

 それに、親衛隊に対する保身のため、というのももちろんだけれど、理一のことを「かわいい」「かわいい」と言ってキャッキャする彼らの様子が嬉しかったのもある。
 親衛隊の人たちがきゃあきゃあ言うたびに、俺は終始「わかる」「その気持ち、わかるよ」とアルカイックスマイルで深く強く頷きまくっていた。

 やがて理一に関する面白エピソードを一通り話し終わったところで、ふと思い出したように親衛隊長さん、改めて三年の栗田さんが俺を見た。
 急にシリアスな空気が漂い始める。無意識のうちに背筋を伸ばして、姿勢を正してしまう。

「八木くんは、いつ柏木様と知り合ったの?」
「えっと、転入してきた日、ですかね」
「それからずっと交流が?」
「ああ、まあ、はい」

 ツイッターのリプライとか近況報告じみた電話とかを交流と言われるとどうにも違和感を覚える。
 まあ間違ってはいないだろうとひとまず頷いておくけれども。

「……制裁とかしないんですか、俺のこと」

 仮にも俺は、彼らにとっての崇拝対象である理一にむやみやたらに近づいたのだ。
 よくも柏木様を! と、それこそこの間の忍のところの親衛隊のときのように、あるいはそれ以上の制裁を受けてもおかしくはない。

 だというのに、どうしてこんな風に穏やかにお茶なんて飲みながらほんわかと崇拝対象の理一について語っているのだろう。
 ふしぎで仕方ない俺に、栗田さんはふふっとかわいらしい笑みをこぼしてみせた。

「実はね、僕たち、クリスマスに柏木様から聞かされてたんだ。恋人とかではないけれど、大事なやつがいる、って」
「えっなにそれ聞いてない」

 そうだったの? まじで!?

「そりゃ、最初はショックだったよ。それこそ、僕たちのほうが先に柏木様のこと知ってたのに、って思いもした。けど、柏木様が僕たちにそんなふうに話そうと思うほど大事な人なんだと思ったら、話していただけたことが嬉しくなったんだ」

 栗田さんは、動揺する俺を完全に置いてけぼりにして「それに」と話を続ける。

「さっきの八木くんの、佐藤灯里への言葉でわかったから。八木くんがどれだけ柏木様のことを見ていて、どれだけ大事に思っているのかっていうことが」
「僕たちが今までずっと佐藤灯里に対して抱いてたモヤモヤとかイライラも、全部代弁してくれちゃったしね」
「うんうん。あそこまで情熱的に叫ばれたら、認めざるを得ないしね」

 理一の親衛隊の人たちは、栗田さんに続けて口々に言い、うんうんと顔を見合わせて頷きあう。

「あと、これは僕の個人的な考えなんだけどね」

 栗田さんはティーカップに手を伸ばすと、優雅な仕草で紅茶を一口すすった。
 指先を温めるようにカップを両手で包み込むと、ふわりとした綿菓子のような、どこか悲しげで切ない笑顔を浮かべた。

「僕たちの大好きな人が選んだ人だから、僕にも好きになれる気がするんだ。八木くんのこと」

 その慈愛に満ちた言葉に、ぐっと胸が締め付けられる。
 熱い何かがどうしようもないくらいにこみ上げてきて、俺は奥歯を噛みしめるのに必死になった。

 きっと今の俺は、ひどく情けない顔をしていることだろう。
 にもかかわらず、うんうんと大きく頷いて肯定してくれる理一の親衛隊員たちはなんなのだろう。俺を泣かせたいのだろうか。

(かっこいい、なあ)

 俺なんかよりも、小柄でかわいらしい彼らの方がよっぽど強くて男前だと、俺は心の底からそう思ったのだった。

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