風紀委員長×生徒会長
2014/03/20
途中で飽きて放置してたものを発掘したので投げてみます
***
事務机が所狭しと並んだ狭い風紀委員室内は、明らかに人口密度が規定値を越えていた。
「委員長、報告書のチェックお願いします」
「そこのボックスにまとめといてくれ。後でまとめてやる」
「解りました」
「おい、磯山(いそやま)。体育祭の警備人員リストはまだが?」
「まだ生徒会から承認が来てませぇーん」
「来賓者リストは?」
「そっちもまだでぇーっす」
「チッ……ふざけやがって」
一体どれだけ前に申請をしたと思っているのだ。ごたつく仕事による忙しさから苛立ち、つい舌打ちする。
そんな俺に、副委員長の磯山は「こっわ〜ぁ」とわざとらしく声を上げた。
「っていうかぁ、いいんちょー。生徒会関連の書類、他にも色々まだ来てないのあるんだけどぉ〜」
「だから?」
「そんなに生徒会にイライラしてんのならさぁ、直接文句言ってきたらぁ? っていうハナシぃ」
つまりは、俺に取ってこいと。そういうことだろう。
「人使いの荒いやつだな」
「いいんちょーには言われたくなーい」
「仕方ねぇな、わーったよ」
行ってきて、ちょっと文句をつけてきて、ついでに書類を回収してくる。そう決意して、俺は今にもバキリと折りそうなくらいの力で握りしめていたボールペンを放り出した。
ガタリと音を立てて席を立つと、物音に反応したのだろうか。それまで一様に書類と睨めっこをしていた委員たちが一斉にこちらを振り返った。
「いいか、俺がいねぇからってサボんじゃねぇぞ」
絶対に、と念押しするように室内全体を睨みつけてから風紀委員室を後にする。
パタンと静かに閉まった扉の向こう。俺という鬼の居なくなった風紀委員室内から聞こえてきた「休憩だヒャッホー!」という磯山の叫び声には、聞こえないフリをしておいた。
カツカツと靴音を響かせながら廊下を歩く。ずっと酷使し続けていた目がずくずくと痛んだ。机に向かいっぱなしだったために、凝り固まってしまった肩や背中も痛い。
ちょっと無理しすぎたかな、と思う。磯山は、恐らくはそれを読んだ上であんなことを言ったのだろうな、とも。
委員たちの疲労具合と、俺の疲労具合と。そういったことを読み取った上でそれを感じさせないようにさりげなく気遣いをしてくるあたりは、さすが俺の右腕といったところか。あいつを副に指名して良かったなと思う。
本人には、絶対に言ってやらないけれど。言ったら調子に乗るのが目に見えている。
「……っと、ここか」
背伸びをしたりアキレス腱を伸ばしたり。デスクワークばかりでなまりかけな体を解しているうちに、目的地へ到着した。
「生徒会室」と金字で書かれたプレートの下がったその扉は、風紀委員室と同じ階、けれど吹き抜けを挟んだ正反対にあった。
「おい、風紀委員だ」
見るからに重厚そうな扉を、こんこん、二回ノック。木製のそれは見た通り固く、中指が少し痛い。赤くなった指を擦っていると、がたりと室内から物音がした。
「誰だ」
「八柳(やなぎ)だが」
「……入ってくれ。悪いが今、手が離せない」
疲労感の滲む声は生徒会長の比嘉(ひが)のものだった。やはり、体育祭という大きなイベントを控えて生徒会も忙しいのだろうか。先程、直情的に苛立ちを覚えたのが少し申し訳なくなる。
がちゃりと金色のノブを回して扉を押し開き、中へ一歩入る。ふんわりとした毛足の長い絨毯が俺を待ち受けていた。
足を踏み入れた生徒会室のなかは広かった。それはもう、風紀委員室とは比べものにならないほどに。
別にこれが初めての入室というわけではないけれど、その内装の派手さに思わずほうと息を吐いてしまう。どこかの海外の有名ブランドの本棚、デスクとチェアに応接セット。床には高級絨毯、天井にはシャンデリア。そういうことには詳しくないけれど、壁紙にだってきっと良い素材が使われているのだろう。
なんて、無駄な。とても効率の良さを重視したとは思えない家具の数々に頭痛がした。
ああ、いけない。本題はそんなことではなかった。ふるりと緩く首を振る。
「比嘉。忙しいところ悪いが、体育祭の――」
書類が、と続けようとして俺は口を開けたままその場で制止した。
「書類が、どうした?」
広い室内に、高そうな家具と上質な絨毯。適度に間隔をあけて置かれたデスク。風紀委員室とは大違い。
前に来たときと何ら変わりない筈なのに、不思議と妙な違和感が脳裏を掠める。けれど、それが何なのかが解らない。
「……いや、なんでもない」
「そうか? 変なやつだな」
部屋の最奥、一番大きなデスクに向かい合っていた比嘉が、机上に広がった書類と睨めっこをしたまま微かに口角を上げた。
俺はそちらに歩み寄りながら、先程途切れさせてしまった話の続きを口にする。
「それで、体育祭のことなんだが。来賓者リストの参照許可はまだか?」
「来賓者リストの参照許可?」
「ああ。随分前に申請したんだが」
少し嫌味混じりに言えば、比嘉はペンを置くと額に手を当てふーっと溜息をついた。かと思えば、その手をそのまま傍らに放置されていたマウスへと伸ばす。
「悪い、今許可を下ろす」
カチカチと操作を数回。何かを入力したのち、ブレザーの内ポケットから学生証を取り出してそのバーコード面をパソコンに備え付けられていたリーダーに翳した。ピッと読み取られる音がして、比嘉の目が液晶ディスプレイ上を短く数回往復し、その細い指がエンターキーを押す。
「出来たぞ。これで風紀のパソコンからでも来賓者リストが確認できるはずだ」
「忙しそうなのに悪いな」
「いや。元はといえばこちらの不手際が原因だろう。……遅くなって悪かった」
短くそう告げると比嘉は再び書類に向かい出す。迷いなくA4用紙の上に転がるペンへ向かった手にはペンだこが出来ていた。
一瞬一秒すら惜しいと言うように書類と対峙する姿に、また、正体不明の違和感がもやもやと湧き出てくる。
(……なんだ?)
いったい、なにがおかしい。この、奇妙な感覚の正体はなんなんだ?
「それから、悪いがもう一つ」
「なんだ」
「警備の人員リスト。風紀からそっちに確認を頼んでいたはずなんだが――」
承認印はまだか、と。言いかけたところでハッとした。
顔はそのままに、視線だけを動かして改めて室内を見渡す。広い室内に豪華な内装、ゆとりを持って配置されたデスクは5つ――なのに、俺に応答するのは、この室内にいたのはひとりだけ。
「おい、比嘉」
「なんだ。書類なら今、」
「そっちじゃねぇ」
「そっち? ……どっちだ」
「他の役員はどうした」
ぴたり。デスク脇に積まれていた書類を漁る比嘉の手が止まる。A4用紙に印字された文字をなぞっていた視線が、ゆっくりと床に落ちて行った。
「今は、いねぇ」
「……」
「休憩がてら、メシ食いに行ってる。ちょうど昼時だろ」
「……ああ、なるほど」
確かに、壁に掛けられた時計の針はてっぺんをすこしすぎてくらいである。
指摘されると、途端にそれまで意識していなかった空腹感が襲ってきた。比嘉から書類を回収して、その処理が終わったら磯山を誘って食堂に行こうか。そんなことを考える。
「おい、八柳」
「あったか?」
「これだろう?」
すっと差し出された二枚組の用紙を受け取り中身を確認する。間違いない、これだ。
「悪い、捺印がまだだ。ちょっと待ってくれ」
「ああ」
確かに書類の最後にはサインと捺印がまだされていなかった。手間をかけるなと書類を返せば、比嘉は引き出しを開けて黒い革のペンケースを取り出す。
貴重品を扱うように、丁寧な手つきで万年筆を取り上げた比嘉に目を見張る。そっとキャップを外して適当な紙に数回さらさらと試し書きをするその様は手慣れていた。
18金のペン先が柔らかく紙の上を滑り、青いインクがその軌跡を残して行く。比嘉が万年筆を使っているところなど初めて見た。書類が遅かったことすら忘れ、綺麗だなと素直に思ってしまう。
「ほら、これ」
そうこうしているうちに比嘉は署名捺印を終えたらしい。数回ぱたぱたと手を扇がせてインクを乾かしたのちに紙を手渡してくる。一応サインを確認してから頷き返した。
「それから、これも風紀だろう? 随分色々溜まっていたみたいで、悪いな」
「いや、助かる」
先程一緒に発掘したのか。磯山の言う『他にも色々』に当たるだろう書類を数枚まとめて差し出す比嘉。俺は礼を言いつつそれを受け取ろうとして、ふと手を止めた。
「……おい、比嘉」
「なんだ」
「どうした、それ」
それ、と伸ばしかけた手で指差したのは比嘉の口元である。え? と疑問の声を形作った比嘉の唇は、傷だらけであった。切り傷なのか擦り傷なのか、なんの傷なのかは解らない。ただ、とにかく傷だらけなのである。ところどころ皮がまくれ内側の赤い肉が覗き見えていた。
乾燥した冬の日に、リップクリームを塗り忘れるとこんな感じになるよなと思った。
「どうしたんだ、それ」
「……べつに、どうも」
おわれない
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