父の日2(宮木さん×重陽)
2013/06/30



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「おい、侑介。お前今暇か?」

 液晶ディスプレイと向き合って、視線は一ミリもずらさないままカタカタとキーボードを叩く。そんな俺に急に声をかけてきたのは、雇い主の八木清明だ。
 休憩と称してどこかへサボりに行ってから、かれこれ数十分。ようやく帰ってきたかと思えば、清明は何やら小さな包みを抱えてニヤニヤしている。いったい何なんだ、仕事をしろと叱責しようとしたところで、これだ。
 本当にいったい何なんだ。

「これが暇そうに見えるのか? だとしたら、お前は相当目が悪いらしいな。眼科に行ってこい。もちろん、今日の仕事を全部終えた後でな」

 多分に嫌味を交えつつ言えば「あーあ、ざんねーん」などという、全くもって残念そうでもなんでもない声が飛んでくる。

「……なんだよ」

 その反応がなんだか気にかかって、俺はそこでようやく手を止めた。次いで液晶ディスプレイから顔を覗かせれば、待ち受けていたのは、ひどく愉快そうににんまりとした清明の顔で。
 俺は思わず、うわっと顔をしかめる。

「知りたい? なあなあ、知りたい? 侑介、知りたい???」
「うっぜえな、なんなんだよ。俺が知りたいんじゃなくて、お前が言いたいだけだろーが」
「あっ、そう? ふーん、そういう態度取っちゃうわけ? ふーん」
「いいから話せっつうの」

 こっちは忙しいんだよ、お前のせいで。
 チラとデスク脇に山積みにされた書類へ目を遣って言えば、少しの間ののちに「仕方ねぇなー」と清明が小包片手にこちらへ歩み寄ってきた。

「見ろよ、これ。なんだと思う?」
「なんか……荷物だろ」
「そう、荷物」

 んで、と清明は続ける。

「誰からだと思う?」
「さあな。お前に荷物送ってくるやつなんて、山ほど――」

 いるだろうが、と続けようとして、俺はハッとした。
 清明へ荷物を送ってくることが出来て、かつ、清明がそのことを俺に自慢してきそうな相手とくれば、そんなの一人しかいない。

「……重陽様か」
「ピンポーン! だーいせーいかーい!」

 どうして俺は、清明が何かたくらむようにニヤニヤしていた時点で気づけなかったのだろう。苛立ちまぎれに舌を打つ。

「見たい? 重陽が俺になに送ってきたか、見たい???」
「うぜぇ……」
「なんか言ったか? ん? ん?」

 人の足元見やがってコノヤロウ、と全力で罵ってやりたい。が、ここはぐっと堪える。

「言ってナイデス」
「だよなぁ〜。仮にも将来義理の父親になるかもしれない俺に、うぜぇとかそんなこと言うわけねぇよなあ〜」
「ソウデスネ、清明サマ」

 片言になっているだろう自覚はある。右頬の表情筋がひきつっているだろう自覚も。更に言うなら、握りしめた自身の拳が今にもこいつを殴りたそうにぷるぷると震えていることも、俺はちゃんと知っている。

「お願いします、教えてください清明サマ」

 それでもすべてを堪えて平坦な声で言い切ると、清明は、案の定というか至極嬉しそうに口元の笑みを深めた。本当、嫌な男だ。

「そこまで言うんな仕方ねぇな〜」

 にやにやにやにや。
 憎たらしい笑みを絶やさぬまま、清明は俺のデスク上に小包を置く。上面に貼られた伝票を見れば、送り主には確かに八木重陽とあった。

「はい、オープン!」

 気の抜けたかけ声とともに、清明は薄く小さい段ボールからベリベリと勢いよくガムテープをはがした。重陽様からの荷物だぞ、もっと丁寧にやれねぇのかよと思うけれど、この男相手にそれは無理な注文だ。なんてったって、適当の代名詞のような人間である。
 そうこうしている内に、清明はすべてのテープをはがし終えたらしい。べたべたと手に貼り付くガムテープを丸めてゴミ箱へ投げ捨てると、段ボールの中身をのぞき込んだ。
 かと思えば、

「……うん?」

 一番上に乗っていたらしい。二つに折り畳まれた紙を持ち上げて開くと、そこに書かれた内容にか不思議そうに首を傾げる。

「おい、どうした?」

 重陽様からじゃなかったのか? と横からのぞき込もうとすると、すんでのところで阻まれた。なんなんだ、こいつは。

「……おい、」

 いったいいつまで待たせるのだと、今度はその手紙自体を取り上げてやろうとした、が。

「ホラよ」

 それより先に、段ボールを取り上げた清明がそれをひょいとこちらへ投げてきた。

「はっ?! ちょ、おまっ!」

 宙を舞うそれを慌ててキャッチしてから、何をするのだと清明を睨みつける。すると清明は、心底期待はずれだとでも言いたげな顔で、こう言った。

「お前にだとよ」
「……ハア? なにがだよ」
「だから、それだよ。それ」
「――『それ』?」

 それって、これか?
 いまいち意味が分からないまま、手元の段ボールへ視線を落とす。両手にすっぽりと収まったそれは、見た目通り軽い。何が入っているのだろうか。

「とにかく、俺は渡したからな」
「あ、ちょ、おい?!」
「そんじゃ――ちょっと休憩してくらぁ」
「はあ? ちょっ、お前……清明!!!」

 今さっき休憩から戻ってきたばっかだろうが! 叫ぶ声もむなしく、俺が混乱している間に清明はどこかへ去ってしまう。
 何なんだ、一体全体何なんだ。図らずも五七五のリズムになってしまったことに苦笑する。
 そこで、ふと視界に白い紙が映り込んだ。清明が残したらしい、先程の二つ折りの手紙。俺は床に落ちていたそれをそっと持ち上げ、内容に目を通し、そして。

「――……マジかよ……」

 予想だにしなかったそれに、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
 顔が、熱い。頬だけじゃなく、耳から首もとから、全てが。むしろ、手紙を持った指先と段ボールを抱えた手まで熱いような気がする。

 二つ折りのそれは、父さんへ、から始まる短い手紙だった。





『父さんへ
 父の日ということなので、この包み、いつもお世話になってますと宮木さんに渡してください。
 残念ながら父さんにはなにもありません。働けコノヤロウ。
 重陽』





「重陽様から、贈り物とか……」

 あの少年は、俺を殺したいのだろうか。一瞬そんなことを本気で考えた自分が恥ずかしい。
 はあと、熱い吐息を吐き出して、それから俺は床にそっと段ボールを置き、その前に正座した。

「……どうも、ありがとうございます」

 伝わるはずもない感謝の言葉を、そっとその場にこぼした。





 それから十数分後のこと。
 ようやく中身をあけることが出来た俺は、そこから出てきたシンプルながらも質の良さそうなネクタイに涙し、「三日に一回つけよう」と心に決めたのだった。





おしまい 2013.06.30



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