「落合ー、今日ゲーセン行こうぜ、こないだ新しい格ゲー入ったんだよ」
帰る準備をしていると、そんな声がかかる。
あいにく、今日は朝にバイト先の花屋から連絡が入って、何やら大変だというので急遽シフトを入れられた。
「ごめーん、今日はムリ。バイトはいった。ヘルプで行かなきゃ。また誘ってよ」
ごめんごめんと軽く謝りながら、ツレねーななんて軽くなじられながら教室を後にする。
バイト先の花屋はちょっと洒落たチェーン店で、自宅の最寄りの駅前にある。
なんで花屋かって言えば、単純に中学の時園芸部に入っていたから。
周りはバスケだサッカーだと汗水垂らしてはしゃいでる中で、園芸部なんてマイナーな選択をした理由は、これまたベッタベタで、勧誘された清楚な先輩に一目惚れをかましてしまったからだ。
今でこそおませな中学生の純情だったといえるけど当時はそれなりに夢中で頑張っていた。
誰よりも綺麗に花を咲かせてとりあえず褒めてもらおうと毎日花に水をやりにいった。
とにかく目立って名前を覚えてもらおうと定期試験での上位20人に食い込もうと勉強した。
知識で張り合えるようにと、毎週図書館に行って植物図鑑やなにやら関係したものを借りた。
でも結局、花は根腐れを起こして咲く前に枯れるし、20位に入ったと思ったら先輩はもう来てない3月で、意気揚々と数少ない部活の時にこの花いいですよねなんて話しかけたら側にいた園芸オタクに話をかっさらわれて、とにかく散々だった。
先輩の卒業式の日に、玉砕覚悟で会いに行ったら、同級生と抱き合っているのを目撃し、俺の恋心は、玉砕する前に木っ端微塵に粉砕された。
どうにも初恋がうまくいかないというのは本当らしい。
そんなわけで、その先輩のおかげで中学では優秀で顔もイイのに何故か園芸部に入ってオタクと議論してる残念な男子生徒というレッテルをはられ、特に変化も望まなかったしそれなりに楽しかったから、園芸オタクとして生活していた。
だから、花に囲まれるバイトをやれるっていうのは嬉しかったし、その時間もそれなりに楽しんでいるのだ。
そういえば中学の時も残念だと言われていたんだった、と少しやなことをおもいだす。
「うぃーす」
花屋の裏口から声をかけて控え室に入る。
小さい店だし、花屋だし、従業員はあまりいないから控え室はそれなりに狭い。
ロッカーの数も限られているから、連勤でない限り荷物は基本お持ち帰り。と言っても揃いのエプロンくらいで特にかさばるものでもないし。なんとなくいつも使っているロッカーが指定ロッカーになっている感じで、誰がどこを使うというのも明確にはない。鍵もついてるが銭湯のロッカーみたいに鍵がささってて使用中のものは締めて抜いてある。
だからいつもの癖で右上のロッカーをあけて、中のものを見てしまったとしても俺に落ち度はないはずだ。そこに鍵がささってなかったとしても。
うわ、使用中かよ。
最初に出たのはなんてことない一言。そういえば鍵にガタがきてるかもしれないと店長が言ってたなぁと思い出しながら、次に目にしたのは見慣れたブレザー。
うわ、同じ学校かよ。
今朝方にきたメールでは、新しいバイトが入るんだけど教育係頼もうとしてた子が花の名前全部覚えきれなかったって泣きついてきたし、知恵熱でちゃったみたいだから落合くん頼むね、年近そうだし、と言われただけだった。
そうだ、ここ学校からそんな離れた場所じゃないからそういうこともあるのかと少しがっくりきた。
花屋でバイトしてるなんてあんまり大声で言いたいことじゃないから、バイト先も伏せてきたのに。
で、最後に、
うわ、すげー少女趣味。という感想。
カバンや制服は全く飾りがついてないのに、畳まれておいてあるタオルとか、サイフとか、ケータイとか、なんかピンクでガキっぽい。毛玉とかキラキラした石とかいっぱいついてる。
で、ハンガーにかけられてるエプロンを見てビビった。え、これ本当に俺と同じやつなのってくらい刺繍やら何やらが施されていて原型をとどめていない。唯一わかるのは店のロゴぐらいだ。それも蛍光色っぽいので囲われてる。
これ、女子だよな〜、女子か〜、と不安になって考え込んでいると、ちょっと、と声がかかった。
「はーい、なんですかー店長ーってかやっぱ鍵ぶっこわれ、え?」
男の声だったし、店長が呼んでるのかと思って振り返ってみると、アレココは教室だっけという言葉がポロリとこぼれる。
「ここは花屋でしょ。落合ってヒトのロッカー覗くシュミあったんだね」
古典の授業で耳にした少し高めの声と同じものが聞こえる。
「えっと…キミは、神田くん?」
そうだけど、と言ってこちらをギロリと睨んで俺が開けていたロッカーの前にたつ。
「ここ、俺が使ってるんだけど」
またギロリと睨まれて、ごめん、とおもわず口に出る。
「俺いっつもそこ使ってたからおもわず手伸ばしたら開いちゃって。店長もそろそろ壊れそうって言ってたしついに壊れたのかって感じで…」
しどろもどろに弁解すると、中みたよね、と確認される。
うん、と頷いて、またごめんとあやまる。
「プライバシーの侵害とかそういうつもりじゃなかったんだ、あと別に俺、何が趣味とかでも偏見とかないから、むしろ、神田で、女の子じゃなくてよかったって感じだから。」
見てしまった手前なにを言っても信用ならんだろうなと思いながらも、つらつらと謝罪の意を示す。
「別にいいんだ」
冷や汗をかく俺に対して、神田くんは、諦めたって感じで少し苦笑いしながら、実はねと話し出す。
「いや、言いづらいことなら言わなくていいし、もちろん俺も気にしないし」
神田くんの言葉を遮っていうと、神田くんは首をふった。
「いや、本当に別にいいんだ。覗きに関してはわざとじゃないってわかったし。ならむしろ見てくれて都合がよかった。」
いまいち話がつかめない俺は少し首を傾げて次の言葉をまつ。
「うーん、俺、こういう趣味なんだけど、あんまり人に言えなくて。でも別に後ろめたいわけじゃないから、堂々としてたいんだけど、じゃあいきなり堂々とするかってなっても抵抗あるし。だからとりあえず趣味を押し出すことに慣れようってことで、花屋でこれ着てバイトしようと」
神田くんの話を聞きながらも、やっぱ立ってる時も背筋伸びてるんだなーとかどうでもいいことを考えてた。話を聞いて思ったのも、何こいつやっぱクソ真面目だな、ってことで。
「花屋っていうのも、その趣味の一環で?」
「うん、花屋ってすごいかわいいじゃん」
かわいいというわりにはあまり表情も動かず、少し目尻がさがったかなというくらいだった。表情筋あんまり動かないタイプなんだろうか。
「ふーん、まあいいけど、結構力仕事だからね」
花屋に夢を見ている神田くんを少し困らせてやろうと自分でも意地の悪いと思うセリフを吐く。
でもこれは本当のところで、花屋で働きたいって夢見てやってくる女性は、自分には合わなかったなどといって数週間でやめてしまう人がほとんどだった。
とりあえず雑談はここまでにして、仕事にかかろうか、と神田くんのロッカーの隣を開き、カバンを詰め込んだ。
ブレザーを脱いで、ネクタイを取り、ワイシャツの袖を肘のしたまで折って、ついでにスラックスの裾も2、3回折り曲げて、店のロゴの入った紺色のエプロンを腰に巻く。最近は微妙に伸びてきた髪の毛をハーフアップに輪ゴムでとめる。
これが俺のバイトスタイルだ。
生花を扱っているから、それなりに水気の多いバイトだし、制服のままだと濡れた時始末が大変だからと、試行錯誤して落ち着いた格好。
それでも、スラックスを折り曲げると跡がつくからいつもその部分だけ布団の下に挟んで寝押ししているのが若干の難点。
ただ、ビショビショの泥まみれになって風呂場で洗うより何倍もいい。
「じゃあ、神田くんいこうか」
とりあえず支度を済ませて神田くんの方を向く。
ピンと背筋を伸ばして、俺の方をジッと見ているから、なに?と首をかしげると、スッと目を逸らされた。
なにそれ感じ悪い。それに全然支度できてないじゃん。
「あ、てゆーか神田くんローファー」
いろんなものがついたエプロンを腰に巻く神田くんを待って足元を見るとピカピカした革靴を履いている。
「んーローファーはな〜、ぐちゃぐちゃになるからおすすめしないよ」
俺は学校から黒のスニーカーだから、平気なんだけどさ、と言って頭をひねる。
「そっか、俺は別にとりあえず今日はこれでいいよ。今度から気をつけるわ」
神田くんはロッカーの中をガチャガチャとかたしている。
「そういえば、俺の前に使ってた靴があったかも」
そうだ、確か、あったはずだ。
1年の時に入学祝いで革靴を買ってもらって履かないのが後ろめたくて結局一年間使い続けた間に、花屋に置いといたスニーカーがあったはずだ。
「え、いいよわざわざそんな」
「いや、マジ花屋の仕事水だらけだからさ。神田くん初心者だし、接客はできないと思うから当分は裏方作業で、靴水浸しになるかもだから。今日初だし。」
遠慮する神田くんにベラベラと口上をたてながらスニーカーを探す。
「あった」
ロッカーの上だ。
なんでこんなところに置いたんだっけと思いながら手を伸ばす。わりかし奥に置かれているようで、ロッカーの上に手は届くものの靴に触れない。
「椅子つかうか?」
神田くんの助言に、なるほどそっかと頷いて、椅子を持ってきてもらった。
休憩用に立てかけてあったパイプ椅子を広げて、その上にのると、ロッカーの上に目が届いて、靴の位置が見えた。
少し右だったかーと体を傾けて靴に手を伸ばす、ところで下半身に圧迫感。
なんだとおもって下を見ると、神田くんが俺に横から抱きついている。
「なに?」
訝しむ目を向けると、神田くんが少し不安そうな顔をして見上げていた。
「いや、落ちるかと思って」
「あ、そう、サンキュ、じゃあそのまま持ってて」
正直不安定で足の変な筋肉使おうとしてたし、支えてくれるならありがたい。
そのままひょいと手を伸ばして、古いスニーカーを取り上げ、元の位置にもどる。
「神田くんありがと、取れたよ」
そう言うと神田くんはホッとしたように息をついて、俺の体から離れた。
椅子の上にしゃがみこんで古いスニーカーにかぶったホコリを払う。
「なんかこれ結構ホコリやばいかも。白かったのに」
飛び散ったホコリに少し目を薄くしながら椅子の下に靴を置く。
「いいよ、気にしないで。今日だけだし平気」
「そう?ならいいけど」
神田くんが革靴を脱ぎ、スニーカーに履き替えるところをジッと見ていると、なに?と聞かれた。
特に目的もなく見ていたから、足のサイズ合うかなと思って、と適当に答えた。
「少しキツくてもデカくてもいいっしょ、ローファーが濡れるより。どう?かなりキツイ?」
「いや、少しでかいくらいかな、平気」
トントンとつま先で床を叩く足を見ながら、椅子からおりる。
「じゃあ、初仕事、いきますか。俺、多分当分は教育係りだから。シフト一緒ね」
「わかった」
コクンと頷く様子をみて、初めて正面から神田くんをみるな、と思った。
割と童顔で、少女趣味のエプロンが似合っている。
というか、
「別に服の着方まで真似することないのに」
と苦笑すると、え、そうなの、と焦った声を出したので思わず笑えた。
「ひよこみたい」
耐えきれずにそう言うと、ギロリとこちらを見上げてくる。
「不本意」
そう言う様子もなんだか拗ねてるみたいでおかしくて、また笑えた。