今日の仕事もトラブルなく終了。取引場所は運悪く池袋だったけど、報酬の方はそれ以上の金額のため悪くはない。これでこのまま新宿に帰れれば、

――ガッシャアアアアアン

というわけにはいかないようだ。俺の横スレスレに標識が飛んできたということは、彼のお出ましである。

「い〜ざ〜や〜く〜ん?池袋には来るなって、よおおおく言っといたハズなんだがなあ」
「やだなあ、シズちゃん。来るなとは言われてても来ないとは言ってないよ。それに、シズちゃんにそうまで言われると来たくなっちゃうじゃない」
「…ほんとウゼエノミ虫だな。今すぐ池袋から出ていけや」
「おや?今日は何だかおとなしめだね。まあ、そのほうが俺も都合がいいけどさ。でもねえ、君にそう言われると出ていきたくないもんだ」
「臨也くんよお、せっかく俺が親切に言ってやってるのに、そうワガママ言うってことは殴られても文句はねえよなあ?」

そうは言ってる間に自販機の一つも飛んでこないなんて、やっぱりおかしい。彼の名前通りに静かなシズちゃんは何だか気味が悪い。

「ええ〜ワガママくらい可愛いものじゃない。心の狭い男は嫌われるよ、シ・ズ・ちゃ・ん?」
「ペラペラと減らねえ口だな。こちとらウゼエノミ虫の変な匂いにあてられて胸糞悪いってのに…」
「いつもその匂い、だっけ?それで俺のこと見つけてるくせにー」
「ちげえよ、今日は何か甘ったるい匂いもして気分ワリイんだよ」

――そう言われ内心ドキッとしてしまった。

「へ、へえ〜。俺はいつもと変わりないし、シャンプーやリンスはフローラルなものしか使ってないけどな」
「テメェはフローラルだなんて柄じゃねえだろうが」

そう言いつつシズちゃんが俺の方に近づいてくる。俺は仕込んでいたナイフを手に取りシズちゃんに向けた。

「そんなことはないよ。ほら、俺って素敵で無敵な情報屋さんだから」
「………」
「ちょっと、シズちゃん。何か言いなよ。俺が一人で喋っててイタイ人みたく見えるじゃないか」
「………」

そうこう言ってるうちにシズちゃんは俺の目の前に、戦意が感じられない相手に攻撃できずに手にナイフを握ったまま俺も立ち尽くす。

「ねえ、ほんとにどうしたのさ?シズちゃんが静かすぎるとか天変地異の前触れなんじゃ、」

言い終わらないうちにシズちゃんは真正面から俺を腕で囲い込んだ。はたからみるとまるで抱きしめられているかのよう。

「ないの………えっ、ええ?」
「やっぱお前じゃねえか、甘い匂いさせてんの。ったく、何がフローラルだよ」

俺の首筋をクンクンとまるで犬みたいにシズちゃんが嗅いでいる。感覚的には大型犬にじゃれられてるようだが、気分的にはそれどころではない。

「……っ!!」
「おい、どうした。返事くらいしろよ」
「………」

返事ができるものなら嫌味のひとつでも返してやりたい。けれど残念なことに俺は身動きひとつ出来ない状態だ。

「おい、臨也」
「………な、何かな、シズちゃん」
「なんでテメェこんな匂いしてるんだよ?」

やっとのことで返事をしたものの、彼からの質問には答えにくい。ある推測が頭をよぎったが、いくらなんでもそれはない。

「…さあ〜?何のことだか分からないな」
「あ?テメェのことなのにテメェが分からなくてどうすんだよ」

――フッとシズちゃんが笑った。

「!!!」

「しかも顔真っ赤にさせて本当にテメェは何なんだよ」

「!!!!!!!」

恥ずかしさで今なら死ねるかもしれない…。シズちゃんの態度がいつもと違うし、抱きしめられてるみたいだし、シズちゃんがあんなに、

(カッコ良く笑うからだ!)

「ん?」

(うわあああああ)

まさか匂いで人の感情まで嗅ぎ取るなんて聞いてない。このままだとバレてしまいそうで焦る。

「……っ」
「臨也?」
「シ、シズちゃんのにぶちん!!」

ついに耐えきれず俺はシズちゃんの腕から抜け出し変な捨て台詞を吐いて逃げた。シズちゃんは追いかけては来なかったけど。

――だから俺は知らなかった。彼がつぶやいた言葉なんて。


それはアナタに恋してるからです。
(にぶいのはテメェの方だっつの)



2010.0609


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