「別れよう」

シズちゃんにそう告げられた日、空は雲一つとしてない快晴だった。


あの日からシズちゃんに逢っていない。別れを切り出されたあの日、俺はあまりに突然なことに言葉を失った。長年犬猿の仲として有名な俺達は、いつからだったかお付き合いする仲になっていた。手を繋いだり抱きしめ合ったり、時にはキスしたりセックスしたり。街で遭えば喧嘩するのは相変わらずだったが、それでも俺らは確かに愛し合っていたはずだ。なのに彼から突如告げられたのは俺らの関係を絶つ言葉だった。

(今日の取引も池袋か…)

あの日からシズちゃんに逢えていない。俺が池袋にいるのに、いつものシズちゃんの怒声が聞こえて来ない日ばかりだ。今日の取引もあえて、シズちゃんが集金回りしているエリアにしたというのに。昔からそうだったけど、シズちゃんの前では俺の情報も役に立たない。

(ああ…この匂い)

しばらくうろうろとしていると風に乗ってか煙草の匂いが鼻をかすめた。この匂いはシズちゃんが吸っていたものと同じだ。俺が何度止めろといっても止めずに、よく彼の吸っていた煙草味のキスをされたことを思い出した。キスだけじゃなく、抱きしめられた時にも香る彼の匂いは、苦いのにどこか安心するものだった。

(なんか俺…今になってシズちゃんのこと好きなのが本当になったよ)

シズちゃんを捜して、彼との痕跡を思い出す度に思い知らされる。俺はシズちゃんが好きなのだ。でなければこんなに躍起になって彼を求めることもないだろう。

(風の方向から考えて…こっちか?)

こうして鼻で匂いを頼りに探すだなんて、まるでシズちゃんがやってることと同じだ。彼もいつもこんな気持ちだったんだろうか。逢いたくてたまらない、姿を見つけて安心したい、そんなどうしようもない感情。

(あ…)

――いた。シズちゃんだ。

「シ、ズちゃんっ!」
「あ?…臨也」

今の機会を逃すまいと俺は全速力で走った。そのせいか、はたまたあの日以来に遭う彼に緊張したせいか、俺の声にいつもの落ち着きはない。

「…シズちゃん」
「臨也」
「あの、」
「ありがとうな」

彼はいきなり何を言っているのだろうか。俺はまだ何も言っていないし何もしていない。けれどシズちゃんから御礼の言葉を言われた。本当にいきなり、あの日みたいに。

「今までありがとうな」
「シズちゃ、」
「じゃあな、臨也」

訳が分からず困惑している俺と違ってシズちゃんの顔は全てに納得している、そんな顔付をしていた。いつも俺の意見なんてきかず、自分一人で物事を決めてしまうシズちゃん。付合っていた当時はそれが時に嬉しかったり悲しかったりした。けれど今は絶望でしかない。そんな俺に声をかけることもなく去ろうとするシズちゃんを、俺は彼の大事な服を掴むことで必死に留めようとした。

「…シズちゃん」
「………」
「シズちゃん、シズちゃん」

俺が何度呼んでも彼は返事をしてくれない。俺の手は彼の服を掴んでおり、いつもだったら弟のくれた服にシワを付けるなと怒りながらも優しく手を取ってくれる彼はもうどこにもいなかった。

あの日、卯月の始まりの日に告げられた言葉が深く深く突き刺さる。


取り残された真偽
(夢なら覚めて。空言なら晴れて)



5000記念"ごせん"シリーズ

2011.0423


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