※沙也香←赤林←杏里
「それじゃ、園原さんまた明日」
「杏里、じゃ〜な〜!」
「竜ヶ峰くん、紀田くん、また明日…」
いつも通り二人に別れを告げた後、私はかつて自分が住んでいた場所に訪れた。ここへ来ると思い出すのはお父さんとお母さん、そして――
「おや、杏里ちゃん。学校帰りかい?」
「赤林さん」
初めて会った時お母さんの知り合いだと紹介してくれた。けどそれだけで、何の関係もない私の面倒を今までずっと見てくれている。感謝しても感謝しきれないほどの恩人。
「いつ見てもその制服似合ってるねえ。おいちゃん、センスはサッパリだが杏里ちゃんに似合ってるってのは保証できるよ」
「…ありがとうございます」
「っておいちゃんみたいなヤツに言われても嬉しくないかな」
「い、いえ…そんなことはっ…」
赤林さんに言われたことが嬉しくて慌てて否定しまったのに、それが可笑しかったのか赤林さんは笑っていた。
「ははっ。ありがとね」
「………はい」
赤林さんは私の恩人だけど、それ以上の存在として私の感情が動いている。こんな感情は額縁の外にあることの一つだと思っていたのに。そしてそのせいか、いつもは愛の言葉を囁く罪歌が黙っていた。
「杏里ちゃんは段々と女将さんに似てきた感じがするよ」
「そう…ですか?」
「うんうん。特に雰囲気とか、目元とか」
(…!)
一瞬罪歌のことを言ってるのかと思って驚いてしまった。けれど赤林さんは罪歌を知らないはず。
――だから私は知らなかった。
「これからも杏里ちゃんが成長していくのが楽しみだねえ」
「…お世話になったぶん、必ず恩返しします」
「杏里ちゃんがそんなこと気にすることはないよ。おいちゃんが好きでやってることなんだから」
赤林さんの大きな手がポンッと頭にのっかる。その温かくて大きな手の感触に何だかくすぐったさを感じた。
――『この男あの時の』
(え?)
今まで黙り込んでいた罪歌が急に喋りだした。でも突然のことでよく聞き取れなかった私は罪歌が何を言っているのかはわからない。
――『やっぱりあの時の』
今度はハッキリと聞こえた。罪歌の言うあの時とはいつのことなのだろう?しかし尋ねる前に罪歌はいつも通りの愛の言葉を紡ぎ始めてしまった。
「杏里ちゃん?」
「え?…あっ、はい!」
「おいちゃんそろそろ行くよ。悪かったね、呼び止めちまって」
「いえ…全然。赤林さんとお話できて良かったです…」
「そう言ってくれるとありがたいねえ。あ、そうそう――」
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俺は少女に女の面影をなすりつけている。かつて惚れた女の血を引く少女が成長していく姿は、まるで俺が知ることの出来なかった女の歴史を見ているようだ。
(髪を伸ばしてみたら、か)
先程の別れ際の言葉も、少女がより女に似るようにと言ったことに他ならない。それほどまでに俺は女に惚れ込んでおり、いつまでも女の姿を追い求めるのだ。たとえ女が死んじまっていようとも。
――ピリリリリリ
「もしもし。おいちゃんですよ」
『テメエ何ふざけてやがる。仕事ほったらかしてフラフラしてんじゃねえよ』
「悪いねえ青崎さん。つい話し込んじまってさあ」
『早く戻ってきて仕事に戻れ』
「はいはい」
さて、愛しい女との逢瀬もしたことだし、仕事に行くとするか。
交わることはない(そういえば…お母さんも髪が長かった)
(次会ったときはどんな姿を見せてくれるんだろうな)
粟楠会愛企画『劣情』様に提出
2010.0901
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