「君の前だからこそ、素直であって素直じゃない僕」(黄黒)


「くーろこっちぃい!!」
帰り道。マジバへ向かう僕と火神くんの背後から聞こえて来た声に今日も来たのかとつい眉間にシワを寄せる。
「黄瀬くん、部活は…」
「ちゃんと終わってから来たっスよ!誉めて誉めて!!」
たたたっと走り寄ってくると、僕の前で急ブレーキをかけて止まり、高い身長を折り曲げた。
黄瀬くんの綺麗な髪が僕の視線の高さで止まる。
早く撫でてくれと、声に出さずとも全身から構ってオーラを放つ黄瀬くんに、僕はもう一度息をついた。
「部活で疲れてるでしょうに。無理にこっちに来なくてもいいんですよ?」
「無理してないっス。むしろ黒子っちに会えない方が体調崩すっス」
「なんですかそれ…」
呆れながらもその綺麗な髪に手を伸ばした。
そうしないといつまで経っても黄瀬くんは顔を上げないからだ。
いつだったか試しにずっと放置してみたら、体勢が辛いのだろうプルプルと震えながらそれでもいつまでも待ち続ける黄瀬くんに、僕の方が罪悪感を持った。
それからはなるべく待たせずに彼の望むまま頭を撫でている訳だけど…
火神くんの方から甘やかしてんじゃねぇぞと呆れたような視線が突き刺さってくる。
ええ、わかっています。
わかってますが、かと言って放置する訳にもいかないんです。
それに、さっさとこの場を切り上げる為にはこれが一番手っ取り早いです。
そう視線で訴えれば、わかってるけどよと小さく呟いて、少し拗ねたような顔をする。
仕方ありませんね、後で火神くんの頭も…
「いや、撫でなくていいし!」
「僕、何も言ってませんが…」
「言わなくてもだいたいお前の考えてる事はわかんだよ!」
「むぅ…」
「あ!なんスか!なんスか!二人だけでわかりあって!俺も混ぜて欲しいっス!」
「黄瀬くんウザイです、黙っててください」
ご機嫌で頭を撫でられていたはずの黄瀬くんが、ふと気づいたように自分も自分もと存在を主張してきた。
ホントにもう…
黙っていればイケメンスーパーモデルですが、どうしてこう僕たちの前だとただのワンコに成り下がるんでしょうね?
「いや、俺たちじゃなくお前の前でだけだろ、それ」
「そうですか?」
「そうだよ」
またもや思った事が顔に出ていたらしい僕の問いに火神くんが答える。
と言うか、僕そんなにわかりやすいですかね?
そんなはず無いんですが。
無表情には定評がありますし、むしろ表情筋が死んでる自覚ありますし。
でもこれだけ考えてる事がバレると、僕のプレイスタイルにも影響がでそうですね。
困りました…
どうしましょうか…
チラリと火神くんに視線を投げて訴えれば、
「ああ!!また二人で視線で会話っスか!ずるいっス!だめっス!火神っちより俺を見て欲しいっス!」
黄瀬くんがその場でジタジタと足を鳴らしはじめた。
まったくなんなんですか。
子供ですか君は。
騒ぐ黄瀬くんをもう一度たしなめようとして、けれど僕が何かを言おうとするより先に火神くんが唐突に笑い出した。
どうしました?
何か変なものでも食べましたか?
驚いて火神くんを見上げると、
「なんだお前、気づいてねぇの?」
方眉を上げてニッと笑い、僕と黄瀬くんをなぜか交互に見つめてくる。
その上から目線、なんだか気に入りませんね…
カチンときて睨み返してみますが、火神くんはますます笑うばかり。
なんですか、いったい…
「だってよ、黒子が俺でもわかるくらい感情を顔に出すのは、黄瀬と一緒にいる時だけだぜ?」
「え?」
「へ?」
黄瀬くんと同時に声を上げ、たっぷり10秒ほど火神くんの顔を見つめた後に、今度は黄瀬くんと顔を合わせた。
ええと…
どういうことですか?
黄瀬くんが側に居る時にだけ僕の表情がわかりやすくなる?
と、言うことは…
「まさか黄瀬くんは僕のミスディレクションを無効化する能力を持っているんですか…」
「ちげぇよ!!なんでそっちいくんだ!」
スパンッと大きな手の平で後頭部を叩かれた。
痛いです。
後で覚えていてくださいね、火神くん。
酷い目に合わせてあげます。
恨みがましく振り反れば、けれどそこにはまだ笑みを浮かべた君の顔。
「つまりだ、黄瀬の前だと気を許して感情が表に出ちまう。そう言うことだろうが」
振り向いた僕のオデコに、容赦のない火神くんのデコピンがお見舞いされた。
「なっ…」
でも、その痛さよりも火神くんが口にした言葉の衝撃が強くて、僕は何も言えなくなってしまう。
時間が止まった気がした。
この場を、誰も動けずにいる。
黄瀬くんはなぜか黙ったままその場に棒立ちになって、僕も火神くんを見上げた体勢のまま、隣に居る黄瀬くんを見ることができない。
火神くんはなぜかニヤニヤと笑っていて腹が立つ。
いいでしょう。後でと言わず今すぐイグナイトを食らってもらいましょうか…
僕がそう決めて手にグッと力を込めた時だ。
火神くんのお腹がぎゅう〜と盛大に鳴り響いた。
途端に僕と黄瀬くんの硬直も解ける。
「悪り、黒子、先に行くぞ」
「あ、はい。僕の分のバニラシェイクも注文しておいてください。直ぐにいきます」
通常モードに戻った様子で火神くんが僕に声をかける。
それに僕もまた普段と変わらない声で返しながら、けれど、黄瀬くんの顔はまだ見れないでいた。
見るのが恥ずかしかった。
今、黄瀬くんはどんな顔をしている?
そして僕は、どんな顔をしている?
「おう、じゃいつもの席取っとく」
ポンッと頭を軽く叩かれ、それにやめてくださいと言う気力さえもぎ取られ黙って見送ってしまった。
それからしばらくして、ようやく思考が動き出す。
始めに思ったのは、火神くんに対する文句だった。
だって君、なんて爆弾を落としてくれたんですか…
この流れ…、それじゃあまるで、僕が黄瀬くんを特別だと思っているみたいじゃないですか…
いえ、確かに黄瀬くんの事は中学からの付き合いもありますから、かなり特別には思ってます。
でも、けど…
これじゃ、まるで…
「俺、黒子っちに凄く好かれてたんすね…」
「っ!!」
それまで沈黙を守っていた黄瀬くんが、僕が認めることを躊躇っていた気持ちをさらりと口にした。
「バカなこと…!」
言わないでください!
叫びながらやっと黄瀬くんへと向きを変え、けれど、全部を言う前に僕の言葉は止まった。
だって黄瀬くんが…
黄瀬くんが見たこともないくらい顔を赤くして、恥ずかしそうに、それでも込み上げてくる喜びを隠せない様子で笑みを浮かべてる。
その笑みは、いつもの笑みと似ているようで全然違っていた。
なんと言うか、いやらしさも計算も全く何もない素直さに満ちていて…
それを見た途端、僕の胸がトクンと鳴った。
(って、いやいや、トクンじゃないです、待ってください!て言うか、その笑顔反則です黄瀬くん!!)
つられて真っ赤になる僕に、黄瀬くんが一歩近づいてきた。
「黒子っち」
呼ぶ声にこれまでに無い甘さを感じて、背中がフルリと震える。
あ、まずい。
これって絶対にまずいシチュエーションです。
流されてはいけない場面です。
頭ではそうわかっているのに、体が言うことを聞かずに気がつけば僕は黄瀬くんの腕の中に抱き締められた状態。
うわあああ!
どどどどうすれば…!?
火神くん恨みます!
君のせいで黄瀬くんのおかしなスイッチが入ってしまいました!
ここで何か間違いが起きたら、全責任を火神くんに負ってもらいますから!!
バクバクとバカみたいに鳴る心臓を抱えながら胸中で先に行ってしまった火神くんに罵倒を浴びせていると、黄瀬くんが再び僕の名前を呼んできた。
僕は大騒ぎをしている頭とは対照的になぜか冷静な声で「はい」と返事をする。
なんでしょう、この内側と外側のギャップ…
「黒子っち…」
「なんですか?黄瀬くん」
淡々と黄瀬くんに答えている自分が、まるで別人みたいだ。
けれどそれに気を取られたおかげか、僕は少し落ち着きを取り戻した。
チラリと黄瀬くんの顔を見ようと視線を上げる。
相変わらず、その顔は赤い。
そうして頭を預けている胸は、僕と同じように速いリズムで鼓動を鳴らしていた。
ああ、そうか。
混乱しているのは僕ばかりじゃない。
黄瀬くんも一緒なのだ。
そう思うと、何だか気持ちに余裕が産まれた。
「そろそろ離して下さい。いくら人通りが少なくても、君は人目を惹きます。噂になっちゃいますよ?」
「黒子っちとなら噂になってもいいっス」
「ダメです。君が良くても回りが困ります」
「回りなんて…!」
「黄瀬くん?」
「…わかったっス…」
渋々とした態度ではあったけど、ようやく黄瀬くんの腕から解放され、僕はフッと息をついた。
「あの!黒子っち、俺!」
それでもまだ自覚したばかりのこの距離を縮めようと黄瀬くんが手を伸ばしてくる。
でも、
「ダメです。まだです」
僕はスルリとその手をかわした。
「黒子っち!」
「黄瀬くん、待て!です!」
「ふえ?」
そう。まだ、だ。
まだ、早い。
今ここで、お互いに自覚した気持ちをぶつけ合うには、まだ早い。
今の関係を壊してしまう事が怖いと言うのもある。
けど、それ以上に…
「だってまだ、勿体ないじゃないですか」
「へ?なにがっスか!?」
黄瀬くんが凹んだワンコのようにしゅんとする。
ああ、それです。
だって僕、黄瀬くんのその顔も好きなんです。
もしもこの先に進んでしまったら、その顔がもう見れなくなってしまうかもしれないでしょう?
それに、
「もう少しだけ、片想いを満喫したいんですよ」
自覚してすぐに両思いなんて、なんだか勿体ないじゃないですか。
もう少しだけこの関係を、楽しんでいたいんです。
「ええ?黒子っち、言ってる意味がわかんないっス!」
「わからなくていいんです。僕だけがわかってれば」
「そんなのズルいっス!」
「ほら、火神くんが待ってます。行きましょう?黄瀬くん」
「黒子っちが手ぇ繋いでくれたら行くっス」
「なに我儘言ってるんですか。置いていきますよ、黄瀬くん」
言いながらそっと手を差し出せば、黄瀬くんはあからさまに喜んだ顔をして僕の手を握りしめた。
繋がった手から伝わってくる温もりは、黄瀬くんの腕に抱き締められた時の温もりを思い出させて、僕の胸を小さく踊らせる。
「黄瀬くんは何か食べますか?」
「俺はこの時間帯はあまり食べないようにしてるっス」
「じゃあ、ビッグマジを注文してあげますね。僕の奢りです」
「って、話聞いてたっスか?!黒子っち!!」
変わらない会話。
変わらない声。
でも、繋いだ手だけは、さっきまでと違う。
このまま火神くんの前に立ったら、彼は何ていいますかね?
…まぁ、焚き付けたのは火神くんですし。
腹いせに見せつけてやるのもいいかもしれません。
そんな事を考えていたら、楽しくなってつい笑ってしまった。
ああ、本当に。
君と居ると僕は感情を隠すことが下手になるようです。


いつものマジバまで、あと数百メートル。
今日のシェイクは、いつもより少し、甘いかもしれません。


(終)

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