「頭ひとつ分の距離」(火黒)


頭ひとつ分。見上げるのが当たり前になっている君と僕の高さの距離。
その距離に慣れた覚えがあるのは、たぶんきっと、あの人とも同じくらいの距離があったから。
もう長い間ずっと、僕はこの距離を見上げている。
自然と体が覚えてしまった距離感。
でも、どうしてだろうか。
あの頃と今は、少しだけ違うような気がした。
確かに同じくらいの距離があるはずなのに、君とのこの距離は、あの人よりとても近く感じるのだ。
僕の背が伸びたから。
君の背が、少しだけあの人より低いから。
理由を上げればそれなりにあるかもしれないけど、多分どれも違う。
きっとそれだけじゃない。
その本当の理由は…
「どうした?」
「いえ、なんでもないです…」
僕の視線に気がつくたびに、君が少しだけ腰を折って、目線を僕の距離まで落としてくれるから…
「近いです、火神くん」
「近くしてんだよ。察しろよ」
そう言ってさらに近づいてくる君との距離に、僕はひとつ息を吐いて…
どこか仕方なさそうにしながら、でもつい浮かべてしまいそうになる笑みをどうにか殺して、それからようやく君の望み通りに目を閉じた。
真っ暗になった世界で感じる君の温もりは、どんな光なんかより眩しい…
目を閉じていても眩しいとか、どれだけ君の光は強烈なんですか…
そのままじっとしていること数秒…
なぜかいつまでも触れるだけのキスを繰り返されて、だんだんと恥ずかしい気持ちが表に出てきた。
ああ、もう。
なんですかこのじれったくなるようなキスは…
どうせするならもっと恋人らしいキスをしたらどうですか。
徐々に腹がたってきた。
なので思い切ってその唇に噛みついてやると、
「痛って!噛むなよ!」
直ぐに君が文句を言いながら離れていく。
その唇を、今度は僕が追いかけた。
「いつまでもじれったいキスばかりするからです」
うっすらと血の滲んだそこを舐めると、君は一瞬痛みに歪んだ顔を見せながら、けれど次の瞬間には色香を増した目つきに変わる。
「なんだよ、こんな場所だから我慢してやろうと思ったのに?」
「別に我慢しろなんて言ってません」
「…さっきまで仕方ねぇみてぇな顔してたじゃねぇか」
「してません」
「いや、してたろ」
「してません。火神くんこそ、察してください」
「はぁ?!」
鼻先をぶつけながら怒鳴り合う。
はたから見れば、それはとても不仲に見える光景かもしれない。
けれど、これもまた、新しく慣れ親しみはじめた距離。
君と僕の、新しい距離。
知ってますか?
僕はけっこう、この距離が気に入っているんです。
だって君の目が、しっかりと僕を捉えている事がわかる距離だから…
そうして、これからはきっとこの距離が、僕の中で定番の距離になる。
そう思った時、自然と僕の頬も緩くなった。
ああ、もう。
怒ってみせているはずなのに、頬の筋肉は正直に笑う。
これでは自慢のポーカーフェイスも形無しです。
ミスディレクションが使えなくなったらどうしてくれるんですか。
この責任、とってくれるんですよね?
火神くん?

「なら帰り、俺ん家来るか?」
「…仕方ないからお邪魔してあげます」


開き直って素直になれるまでは…、あともう少し…


(終)

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