恋泥棒。 | ナノ




※五年→高2、六年→高3



「好きな人が、出来ました。」

突然の告白に、今まで和やかにご飯を食べていた男たちが一斉に伊作を見た。一斉に見たといっても、反応はバラバラだ。例えば、小平太は口のなかに詰め込んだご飯を飲み込めるほどに噛みながら、しかし驚いたように目を丸くしているが、アホの留三郎は箸を落として固まっている…というように。

「…それで?今度はどこの誰に惚れたんだ。同情させて金をもぎとるやつか?それとも、優しい伊作くんに拷問して泣かせたいというSなやつか?」

仙蔵は笑みを浮かべ、以前、伊作が惚れた女のことを、指をおりながらあげていく。薄気味悪いほどにニコリと笑う姿は、勘違いしやすい女どもには…又は仙蔵をよく知らない男たちには、それはそれは素敵なものにうつるらしい。しかし、保育園や小学校からの幼馴染である俺たちにとっては、意地の悪い悪魔の笑みにしか見えなくて。これはまた面倒なことになりそうだ。文次郎はため息をついて、弁当に視線を下ろした。仙蔵の言い分に必死になって反論する伊作の声が聞こえるが、俺は他人の色恋沙汰などめっきり興味がないものだから、気にせずに弁当を食べ進めることにした。昨日、皆が委員会や私事があったせいで伊作に一人きりで飯を食べてもらったのは申し訳ないとは思ってるけど、せっかくの晴天のもとでの飯なのだ。願わくばいつも通りに飯を食べて、少し談笑をしてからクラスに帰りたい。…しかしその願いは、からんと箸が落ちた音がした時にはもう叶わぬ運命であった。
何事かと漸く飯から顔をあげた俺の目にうつったのは、某然とする四人と、言い切ったとばかりに鼻を鳴らす伊作。どうやら呆然としているなかの一人が箸を落としたらしい。だが、誰も拾おうという動きを見せなかったので、仕方なく俺が拾ってやる。さて、誰のだろうかと箸を握っていない手を探す。そして直ぐに後悔した。

「ちょ、長次…?」

あの、長次が。俺たちのなかで一番礼儀正しく、所作もしっかりしている、あの長次が。箸を落としていたのだ。理解できずに眉をしかめる。長次がこんなに驚くことなど、一度もなかった。これはどういうことなのだ。

「あ、もう皆酷いなあ!信じられないみたいな顔して…、文次郎を見習ってよ」

ほら、こんなに平然としてる!例に出されてるだけでなく、指でさされてしまう。それでも彼らは動かない。そんなになるほどの爆弾発言をされたのか、伊作に?信じ難いことである。伊作がどこの誰に惚れ、多少レパートリーがあろうとも、必ず悲惨な目にあうなんて、もはや必然的なことなのに。それを知っている彼らがここまで驚くなんて…「ね、文次郎。対したことないよね?」

尋ねるというよりは、同意を求めるような言い方に、返答しかねる。さっきまできちんと話を聞いてませんでした、なんて正直に言えるほど冷徹ではないのだ。
迷う俺に痺れを切らしたのか、伊作は俺の頭をひっかみ、無理やり頷かせた。いや、痛いんだが。伊作さん?しかし怒りより戸惑いの方が勝ったため、俺の頭を解放するなり立ち上がった伊作に声をかけることができなかった。いや、怒りも戸惑いも関係ない。それらよりも勝ったものがあった。

「ほらね!僕が鉢屋に恋をすることなんて、対したことじゃないんだよ!」

がしゃん、と俺の手のなかから弁当箱が滑り落ちた音がした。



その後、伊作に色々と聞き込み、昨日間違えてAランチを頼んでしまい落ち込んでいたところ、伊作が本来食べたかったBランチと交換して差し上げましょうかと声をかけてくれた鉢屋の優しさと笑顔に惚れたということが発覚。安い奴めと皆が呆れた時に予鈴が鳴って…結局、伊作の恋は発展させるべきか否かという話はできぬまま終わったのだ。さらに悪いことに、今日は金曜日。俺たちが通っている高校が全寮制で、いつもつるんでいるといっても、プライベートはある訳で。伊作の恋の話は来週の月曜日に回そうということになった。

そう、伊作の恋の話の筈だったのだ。

「私たち全員、鉢屋に恋をしてしまったようだ、すまんな」

決してこんな話をする予定はなかったのだ!

「どういうことだ!お前ら全員、本当に鉢屋に惚れたのか!?」

「文次郎、落ち着け。私だって信じられんのだ。まさか、伊作が惚れた鉢屋のことを調べて観察していたら、惚れることになるなんて」

「あはは、仙蔵、ストーカーみたいなことしてるな!」

「小平太も…人のことは言えないだろう…。鉢屋は誰だ何処だと、一つ下の学年に聞き回っていて…、一目惚れをしたんだろう?」

「だって、口まわりにいっぱいクリームつけて、一生懸命シュークリーム食べてんだぞ?惚れるだろ。それに長次だって、猫と戯れる姿に惚れたと言っていたではないか!」

「ふふん、俺が一番まともだな。何を隠そう、下級生に悪戯をする姿が可愛くて見惚れていたら目があい、恥ずかしかったのか視線をそらされてしまったが、それでも小さな声で挨拶してくれたことがきっかけで惚れたのだからな!」

「いや、引かれてるんだよ。それ…。留三郎ったら、鉢屋を不愉快にさせたら駄目だよ?」

なんだ、なんなんだこれは!
こんなのは、おかしい。だって、鉢屋は構ってもらいたいが故に色んな人に迷惑をかけることを生き甲斐にしているようなやつで、悪戯が好きで、敬語は使っているけれど上級生の俺たちを見下しているように思える時があるほど失礼なやつで。それなのに、どうしてお前たちが。
弁当を放って、走る。行儀が悪い、なんてどうでもいい。どこに行くんだい、なんて決まってる。金曜日に食堂にいたのだから、いつも食堂で食べているとみなすのは…安直ではあるが、他に有益な情報がないんだから、仕方ないではないか!
息を切らしながら、脇目も振らずに食堂へ。悲鳴をあげて退いていく輩が気になったが、ランチを頼む後ろ姿を見つければ、どうでも良くなった。隣で悩んでいる友人に助け船をだしている彼こそが、鉢屋三郎だ。笑っている場合ではない、声を弾ませている場合でもない!色々と忠告したいことが山のようにあるのだ。しかし、先ずはそれよりも。鉢屋の肩を掴んで振り向かせる。

「好きだ。他の誰よりもずっと好きだった」

呆気にとられた顔に、鉢屋が入学してきた時から今まであたためていた思いを告げれば、彼は「あんたもですか!」と悲鳴のように叫んだ。




恋泥棒。
お前を捕まえるのは、俺だ!


※補足
文次郎が鉢屋さんを好きなのは、伊作以外は皆知っていました。




2013.0329

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