不安を生む惚気。 | ナノ






お前と口吸いする十秒前。こいつがいつも厄介で。豆腐が好きな友人とまではいかないものの、意外にも長い睫毛とか、頬に触れる手の大きさや暖かさ云々とか。そう言ったものが私を追い詰めるのだ。じわじわと、ゆっくり。まるで獲物を狙う肉食動物のように。

「…ね、ちょっと。」

閉じていた目が突如開いたかと思えば、次の瞬間には不機嫌そうに細められる。そして何か言いたげな表情で、私の口元を睨めつけるように見た。

「なに、」

「手が邪魔なんですけど」

言われて気付く。そういえば聞き返したときに、湿っぽい空気が手にかかっていた。そうか、口元を覆っていたからか…、何かと思えば。手を外し、これで良いかと聞く意味も込めて勘右衛門を見る。すっかり機嫌を直してるとばかり思っていた顔は、未だにむくれたままだった。
指摘される前に直そうとするも、手はもう口元にはない。口元以外にも問題があるのかと自分の体を見てみるが、口吸いの邪魔をするようなものはもう何もなかった。はて、むくれる理由とは?首を傾ければ、勘右衛門は肩を竦めた。やれやれってなんだ、どういう意図でやってんだお前。

「あのさ鉢屋、お前口吸い嫌いなの?」

私の問いに答えるように、言われた言葉。…これは予想外。いや、心のどこかでは聞かれるかもと思っていたかもしれない。だって、いざ口吸いしようと近づく顔を真顔で見つめていたのだから(しかも今回がはじめてではない。少なくとも五回はしている)。そう考えると、勘右衛門が不機嫌な理由も頷ける。一応、一応恋仲なのに口吸いを何度も拒否されているわけなのだから。いつの間にやら生まれた罪悪感に頭をかく。どう謝ろうかと言葉を探している間に、勘右衛門が「ああっ!」と顔を覆った。先ほどよりも意図の分からない行為に顔を歪める。結局、何がしたいんだこいつは。

「はあー、傷付いたなあ、すごく傷付いたなあ!俺と鉢屋は恋仲で、口吸いするなんて至極当然のことなのに…ああ、無意識に拒否されるなんて辛い!これは鉢屋から口吸いしてくれないと癒されないなあー!」

態とらしく声を大きくして嘆く勘右衛門。嘆くだけなら未だしも、最後のはどういうことだ。今は関係ないだろ、願望を押し付けるな!

「…なーんてね、」

文句を言おうとするも、その前に小さな声で呟かれた、冗談だと言う台詞に、眉を顰める。

「うそうそ、冗談だよ!前も何回か拒否された経験あるし、気にしてないからさ!…あ、そういえば今から委員会じゃないか、早く行かなきゃね」

捲し立てる様によく動いた唇は、体と共に私からはなれる。その瞬間にきゅ、と噛み締めた様に見えたのは、私の見間違いかどうか。それは定かではなかったが、そう見えたと思った時には、私の足と腕は勝手に動いていた。

ちゅ、

ぐいっといきなり引っ張られたせいでだろう、驚いた顔をした勘右衛門に軽く口付ける。口端に触れた感触がして直ぐにはなしたから、本当に軽いものだった。…のだが、勘右衛門はそう思わなかったらしい。口端をおさえてポカンとしたまま少したって破顔し、私に抱きついてきたのだ。突然のことによろけるも、尻餅をつくことはなく。それに安堵して勘右衛門にどんな制裁を与えてやろうかと考えようとしたが、嬉しい嬉しいと連呼して力一杯抱きしめてくるもんだから、すっかり毒気を削がれてしまった。
自分が勘右衛門を不安にさせてしまったことが原因だったため、抗う気にもなれずそのままにしておくことに。大人しく抱きつかれていれば、勘右衛門が私からガバリとはなれて…「鉢屋、俺、口にもして欲しいな!」そう満面の笑みで言ってきやがったので、調子に乗るなと瞼に唇を押し当てた。



不安を生む惚気。
不安も惚気も飛んでいけ!



2013.0411

冒頭部分はTwitterお題より。
リクエストありがとうございました*

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