やさしいせんぱい。 | ナノ




※五年→三年、六年→四年


朝ご飯が済み、生徒が各授業を受けるために移動している中、三郎はげんなりとしながらも廊下を歩んでいた。その姿はまだ学園の1日が始まったばかりというのに、既に心身ともに疲れきっているようだった。
…それも無理はない。三郎は以前から、執拗に上級生に絡まれているのだ。しかも、我ら三年生と一番仲が悪いはずの四年生である四人から。

「なんだ、鉢屋。浮かない顔して」

「次の授業いやなのか?」

「ええっ、鉢屋にもいやな授業とかあるの?」

「…意外、だな」

と、このような感じで、何故か三郎の四方を囲むようにして当たり前だと言い出しかねない様子で話しかけてくる彼らに、三郎は何も答えなかった。もうそう思われてる可能性は高いが、某プリンスに体力バカな暴君、何故か頭の上にトイレットペーパーがのっている不運委員に怒ると笑うという噂のある無口な図書委員。そんな目立つ集団の一員だと思われたくなかったし、相手にすると直ぐつけあがるのがどうにも気にくわないのである。大人しくしていて頂きたい。

…ああ、あの二人に会いたい。

空を見上げて小さく呟いた言葉に、応える言葉は聞こえなかった。それは周りの先輩方にかき消されたのか、存在さえしなかったのか、それは私にも分からないところであった。



漸く授業が終わり、皆が自室へ食堂へ浴場へと散る中、あの厄介な先輩方に絡まれる前にと足早にある部屋にむかう。いつものことだからか、雷蔵を筆頭とした同学年の友人たちは黙って見送ってくれた。その優しさを先輩方に少しでも分けてくれればいいのにと贅沢なことを思いながらも辿り着いた部屋の襖を叩く。中から入室を許可する声が聞こえた途端、襖を思い切り開けて中に入り思い切り閉めた。…これでも忍者なので音は立てないようにしたが。

「…何だ、どうした鉢屋。妖怪や幽霊でもいたか」

くつくつと喉で笑う仙蔵に首を振りながらも、丁度一人分あいていた『二人』の間に座る。すると初めて出会ったときから一度も消えたところを見たことがない隈をした文次郎が三郎の頭を撫で回した。ぐしゃぐしゃと、鬘が外れてしまいかねないほど荒々しい撫で方で。

「何があったかは知らんが、ゆっくりしてけ。今日は特別に鍛練休んで一緒に居てやるよ」

その上からの物言いにムッとすることなく三郎は嬉しげに笑ってみせた。彼が三郎が来たときに決まってそう言うのを知っていたからである。素直になれない彼なりの優しさと思えばムッとすることなどない。ふと本を捲る音がして視線をやれば、長く綺麗な黒髪を垂らしながら本を読む仙蔵と目が合う。何も言わず微笑みを浮かべた仙蔵に微笑み返すでもなく、三郎はそっと瞳を閉じて笑った。

「ここの部屋は、他の場所よりも時間がゆっくりと流れている気がするんです」

唐突なその言葉にさえ驚くことなくそうか、と返してくれる二人に笑みは深まる。安心できる空間というのは、なんて心地よいものか。いやそれだけではない。安心できる人が近くにいるのだ。いっそ天国だとでも言ってしまおうか。それぐらいには、三郎はこの二人の部屋で二人と過ごす時間を好いていた。偶に会話をするだけで特別なことをする訳でなく、個人個人の時間を過ごす。有意義とはいえないが、一年の頃からこの時間の使い方をしっていた私にとって必要不可欠であり、大切な時間であることに相違ない。

「…鉢屋は、この部屋が好きか」

くしゅんと部屋に静かに響いた仙蔵の嚔に大丈夫かと尋ねようとした時。思ったより近くで聞こえた声が二人のものとは違う声に聞こえたが、瞳を閉じたからそう聞こえるのだろうと結論づけ、三郎は瞳を開けることなく頷いた。

「好きです。この時間だけは、例えあの先輩方に追いかけられ、奪われそうになっても確保したいと…」

「へえ、酷い言いようだな」

へ。

常なら恥ずかしく感じて口には出さないだろう言葉を簡単に告げていれば、矢張り二人とは違う声音にて呟かれた言葉にぱちりと瞳を開ける。と、首にがぶりと噛みつかれる感覚。

「いたっ…!?」

「あー!留さん酷い、鉢屋が可哀想じゃないか!」

「そうだそうだ、ずるいぞ!」

「…小平太、少し、違う」

「うるせえな、いいだろ少しくらい。ちょっとばかし苛ついちまったんだから」

いや、理由になってないですから。心の中でつっこみをいれながらも、事態がうまく飲み込めずに混乱する。何でこの四人の先輩方が…?今まで一度たりともこの部屋に来たことも居たこともないのに、何で。

「あーあ。お前が酷いことするから鉢屋が混乱してんじゃねえか」

「鉢屋、大丈夫か?」

混乱して声も出せない三郎の頭を撫でる文次郎と心配げに顔を覗き込んでくる仙蔵に、三郎はホッと安堵の息を吐き、知らぬまに強ばっていた肩から力を抜いた。…二人に対して抱いたことのない感情を抱きながら。

「…潮江先輩、立花先輩」

名前を呼べば、私に優しく微笑みかけながら先を促す先輩方。抱いた感情はその微笑みを見ても何故か落ち着かず、それどころか勝手にでてきた冷や汗に戸惑いつつ、そしてそんなことは有り得ないと思いながらその、有り得ないことを尋ねた。

「お二人があの天井板を外して、先輩方を招いたのですか?」

先ほど、四人の先輩方の口論を見ていた時。天井板が確かに開いているのを見つけていた三郎は、未だ閉じていない天井の穴をちらりと見た。和んでいたとはいえ、天井板を外す音や部屋へ降り立った音ぐらい三年生にもなれば流石に気付くものである。しかも目を閉じていたから他の五感が鋭くなるのだから気付かない方がおかしい。それなのにそんな音はしなかったし、…食満先輩に声をかけられる前に立花先輩がした嚔と共に先輩方が降り立っていれば、その音に気付けなかった理由にもなるのだ。こたえない二人へ視線をうつせば、二人は揃って三郎をじっと見て今まで見せたことのない意地悪い笑みを浮かべて頷いた。完全なる肯定に、三郎は抱いていた感情…恐怖にぶわりと全身に鳥肌をたたせた。

「酷いのはどっちだか」

その可哀想な程の反応を目の当たりにしたせいか、溜め息混じりに告げられたその言葉をきっかけに、三郎は襖目掛けて走り出した。そして止めるまもなく襖を開いて振り返り、依然として笑みを浮かべたままの二人に向かって叫んだ。



−…それから、三郎に執拗に絡んでくる四年生が六人に増えてしまったのが、彼があの部屋へ立ち寄らなくなったからだと目聡く気付いた同学年の生徒たちは心から同情したという。




やさしいせんぱい。
「嘘吐き!」「私達は騙しただけだぞ。なあ?」「ああ、嘘は吐いてない」



2012.1016

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