お酒の力は無敵でして | ナノ




自室の前の廊下にて、真ん丸いお月様を見ながら、お猪口に注がれたお酒をちびちびと呑む。そして膝の上から横へ移動させられた皿から団子を取る。口に含めば広がる甘い味にやっぱり団子は美味しいなあとしみじみしている最中、膝の上から呻き声。漸く起きたかと息を吐きながら頬を軽くぺちぺち叩いてやれば、膝を強引に独占しやがった鉢屋は、目をこすりながらも体を起こした。一緒に月見でもしないか、と不敵に笑って誘ってきたのはどっちだと思ってんだこいつ。自慢じゃないが、鉢屋が変に人目を気にするせいで、付き合い始めてそれらしいことはまだ全然したことがなかったから(手を握ったりもしていないのだ。人目を気にするのは確かに大切だけどこいつは神経質すぎる)、もしかしたら接吻の一回や二回…そしてそれ以上に事が運ぶかも!?なんて心躍らせてた俺を返して欲しい。同じ姿勢を続けていたせいか、痺れる足を撫でつつも未だボーッとしている鉢屋の口に残りの団子を突っ込んでやった。目を見開いたまま棒をくわえて動かなくなった鉢屋は、だけど次の瞬間には気怠げに前髪…いや、鬘の前髪をかきあげた。酔っているせいか、暑かったらしい。汗とか浮き出てないかなと思って無意識に見ていた俺は、そういえば鉢屋は面をつけているのだと、暑いはずなのに赤くもなってない額に非常に落胆してしまった。代わりに首筋や腕が赤くなって汗を垂らすのを発見したが、額ではないのなら、とすぐに視線をそらした。

「かーん、」

だけどそらした両頬を手で挟まれ、無理やり顔を合わせられる。へらりと笑う顔に眉を顰めた。意識的にやったわけではなく、無意識に。

「…何?そのまま首しめたりとかしないでよ」

「して欲しい?」

「や、するなって言ってるのに何でそうなるの」

「ふふ、してあげない。かんの首しめたくないもん」

そう言う割に、首に腕を回してぎゅうぎゅう抱き付いてくる鉢屋に、無意識にため息を吐いた。振り解きたくなる気持ちを抑え、お猪口にお酒を注ぐ。零れないように注いだ瞬間に口を付けた。少しばかり零れてしまったが、少しで留められただけで上出来だと思う。ちらりと下へ視線をやれば、鉢屋が文句ありげな顔で見上げてきていたのが見えて、頭をかく。腕を伸ばして頭を撫でてやれば、あからさまに綻ぶ顔に笑いかけた。

「で。まだ酔ってるフリつもり?」

俺の言葉を聞いた鉢屋は、ふっと俯いた。まさか本当に?そう疑いながらも腕を動かすが、ゆっくりと上がる顔に慌てて引っ込めた。上げられた顔は、いつも通り口端を片方あげ、気怠げな目をしていた。

「おや、もういいのか?お前は欲がないな」

くすくすと笑う様を見ながら、さっきまで赤くなっていた場所がすっかり不健康なのではと思わせるほど白い肌に戻っていて、またため息がでた。

「…欲がないってどういうこと」

「そのままの意味だが?お前は欲がないよ。酔った姿を見たいというから、出来上がったフリをしてやったというのに、何もしてこないなんて。」

いつの間にか俺のお猪口を手にして、お酒を呑んでいた鉢屋は、どうやら俺が以前何気なく言った言葉を覚えてくれていたらしい。感動だ、これがフリでなければもっと嬉しかったのに。腹いせにお酒が通る際に上下に動く喉に噛み付いてやろうかと思いつつ眺めていれば、呑み終わったらしい鉢屋がお猪口を突きつけてきた。意味も分からず受け取ってしまえば、鉢屋は眠たげに欠伸をしてから腰をあげた。どうやら帰ろうとしているらしい。人のことを散々おちょくっておいて…。怒りというよりは呆れに近い気持ちを抱きつつ、廊下を歩いていく背中を見送っていると、ふとその足が止まった。意図が分からずに鉢屋の行動を伺っていると、鉢屋は振り向くことなく「ああ」と、心なしか熱の孕んだ声をあげた。

「それの後始末、任せた。」

ひらりとそのまま手をふり、また足を動かし始めた鉢屋に、それが何のことか尋ねようと腕を伸ばした時。ぱちゃん。お猪口から酒が零れた。小さなお猪口だからそんなに注げないはずなのに、何故。全く理解はできなかったが、鉢屋の言葉に甘えてお猪口をあおった。間接的な接吻さえ始めての体験で、自然と頬があがるのを月が綺麗すぎるせいにして、正すことはしなかった。…正直に言おう、この時すでに出来上がっていた俺は頭が正常に働いていなかったのだ。だから、人目を気にする鉢屋が俺の自室の前の廊下でわざわざ月見をしようと言い出した理由や、鉢屋に利があるわけでもないのに酔ったフリをしてべたべたしてきた理由、そして一口分のお猪口に酒が残っていた理由が何なのか。情けないことに何一つ気付いていなかったのである。まん丸く光る月は、そんな馬鹿な俺をあざ笑うかのように次第に出てきた雲によって、朧月に変わったのだった。



お酒の力は無敵でして
完敗しました。




2012.0923

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