宣戦布告。 | ナノ




学園で有名な人、というと、学園長を筆頭に先生方みんなの名前があがることだろうが、学園で有名な生徒、となると、名前があがるのは特定の生徒のみになる。最高学年である六年生の面々は、来年忍者になる確率が高く個々の成績も優秀なために有名で、言わずもがなだろうが一年は組も色んな意味で有名だ。もう誰もいないのか。その答えは否だ。この、学園内のみで有名な生徒が数多くいるなか、あと一人だけ。あと一人だけ、学園外でも有名な生徒がいる。

「ら、らいぞう…?」

今まさに僕に押し倒されている、その人だ。

困惑仕切った顔で僕を見上げる彼の名は、鉢屋三郎。天才変装名人であり、学園の変装の達人、と聞けば先生に並んで名を出されるほどの実力を持っている男で、僕の手に届かないようなやつ、だ。

「なに、どうかした?」

「え…?いや、そっちこそ、何かあったのかい?そんな、怖い顔をして」

「怖い顔、かなあ。僕にはそこまで怖くは見えないけど」

言って、するりと目の前の顔を撫でる。三郎はびくりと肩を揺らしたが、嫌がりはしなかった。多分、『顔』を触られることよりも困惑が勝っているのだろう。さっきよりも情けなく眉を下げ、伺ってくる三郎が可愛くて、『顔』から首筋へと手を滑らせた。

「…っははは!?」

途端、笑い声が部屋に響く。どうやらこの変装名人の弱点は首筋らしい。それならば、腰や脇下、足もきくのだろうか。好奇心に負け、手をゆっくり滑らせる。

「はははっ…や、やめてくれらいぞっ…あはははは!」

僕の下で必死に逃れようと体を動かす三郎に、僕は無意識にごくりとつばを飲み込んだ。潤む目に、赤く染まった顔。動くことを制限されたせいかうねうねと動く体。知らぬ間に荒くなった息にそれらの全てに興奮していることを知って、慌てて手をとめる。三郎は息も絶え絶えに僕を恐る恐る伺ってきた。

「な、に…らいぞ、おこってるの?」

舌っ足らずに聞こえるのは、先ほどまで擽っていたせいか。自然な動作で伸びてきた手に頬を撫でられ、微笑んでやりながら首を横に振る。三郎はあからさまにほっとして僕の頬から手をはなさないまま「良かった」と笑った。
…あ、そうか。そこで漸くあることに気付いた。僕は三郎に習うように腕を伸ばし、彼の頬を撫でる。三郎は仕返しされたのだと思ったのか、もう片方の手も伸ばしてきた。両頬を包む温かい手に耐えきれなくなった僕は、彼を抱き上げ僕の膝の上に乗せる。

「なっ…え!?」

「あ、こら逃げちゃだめ」

いきなりだったから驚いたのか、慌てて後ろへ下がろうとする三郎の腰に両手を回す。

「あーあ、捕まえちゃった」

僕はくすくすと上機嫌に笑って、腰に回した手の力を強め、更に三郎と密着する。



三郎は、学園内でも学園外でも一目置かれている。それのお蔭が、もう既に数多の城から誘いの手紙を貰っていたのだ。僕がそれを知ったのは、昨日、だった。三郎の忍たまの友が自分のだと思って開いてしまった時に偶然誘いの手紙を見つけてしまったのだ。年を追うごとに有名になっていく三郎に焦りを感じていた僕は、その焦りが倍増するような感覚に陥り。今日、ついに爆発してしまったのである。
しかし、その爆発は小規模なものだった。本来なら、押し倒したあと、嫌がる三郎を無理やり滅茶苦茶にするはずだったのに、三郎が僕に押し倒されたあとも抵抗せずに困惑するから。そのせいで親友という位置を失う代わりに三郎を縛り付けるという僕の作戦はなかったことになったのだ。
だけど僕は、代わりにとても嬉しなことを体験した。

伸ばしても届かない場所にいってしまったと思っていた三郎に、容易く手が届いたことだ。しかも三郎の方が先に僕へと手を伸ばしてくれた。触れてくれた。そして今も僕の腕の中にいる。まるで夢のようだ。

「ら、雷蔵苦しいっ…」

「ん?ああ、ごめん」

腕を叩かれ、きつく抱きしめていたことに気付き、謝りながらも力を抜く。どうやら僕の腕から逃れる気がないらしい三郎は、とすりと僕の肩に顎を乗せた。

「まったく…どうしたんだい。いきなり押し倒してくるなんて」

「三郎が、遠くに行っちゃう気がして…つい」

「私が?」

顎が言葉を発す度に動くのが少し痛いなと思いながら答えた途端、肩が軽くなる。どうしたのかと出来る限り身をはなした三郎に首を傾げようとしたら、先に三郎が首を傾げた。

「私はここにいるだろう。卒業するまでは遠くになどいまさら行かないよ」

当然だろう。とけろりと言いのけた彼を、溜まらずぎゅっと抱きしめた。うわ、と驚きの声があがったが、僕は聞こえない振りをして、叫んだ。

「三郎、大好き!愛してる!三郎が嫌がってもずっとそばにいるからね!」

「ら、雷蔵…!私も雷蔵大好き、愛してる!」

僕の言葉に感激したよう応えてくれる三郎に笑みかけながら、卒業するまで、という言葉をどうやって撤回させようかと思案していたのは秘密である。


宣戦布告。
覚悟しておいてね、愛しい人。




2012.0906

リクエストありがとうございました*

10000hit企画に戻る

- ナノ -