16 | ナノ




「鉢屋、SF好きじゃないらしくてさ…断られたんだ」

はっちゃんの言葉に、俺の頭は混乱しはじめた。どうして?何で。予想だにしていなかった事態に、混乱は更にひどくなる。まさか、三郎がはっちゃんの誘いを断るなんて。「折角くれたのに、ごめんな」と謝る声から落ち込んだ様子が目に浮かんで、目の前にいる訳ではない相手にむかって首をぶんぶん振った。



「これ、あげる」

はっちゃんが初めて綾部と立花先輩に会った日。俺が生徒会をでる前に雷蔵からもらったのは、映画のペアチケットだった。余りの唐突さに理解できず雷蔵を見れば、彼はぶっきらぼうに「色々なお詫びだよ」と顔をそむけた。色々なお詫びの内容は分からなかったが、チケットは有り難く頂いておいた。そして俺はそのチケットを、このままだと意中の相手に歩み寄ることができずに休みを終えてしまいかねない、はっちゃんにあげたのだ。
なのに、そのチケットは突き返されてしまったらしい。折角、立花先輩と綾部が生徒会の仕事があるからと学校に帰るのに、勘右衛門を迎えに行くからとついて行って二人きりにしてあげたのに。

「ほんとごめんな」

「あ、いや気にしないで…そんなことより残念だったな」

「おう…で、さ」

「なに?」

もう電話を切るものだと思っていた俺は、はっちゃんの言葉が続いたことに内心驚きながらも耳を傾ける。と、思ってもみなかった言葉が耳に聞こえてきた。

「兵助さ…俺と一緒にこの映画、観に行く気ないか?」

「……え?」



「やったじゃない兵助!」

からりと暑さで溶けた氷が鳴るのを気にもとめず、興奮しきった勘右衛門にバシリと背中を叩かれ、「声が大きい」と訴える。漸く俺の家であることを思い出したのか、勘右衛門はごめんごめんと軽く謝った。
三郎とはっちゃんが二人きりで勉強することが決まってから、夏休みが近付くにつれ機嫌が悪くなっていく勘右衛門に俺たちも勉強会しよう、と提案してしまったため、今日も今日とて二人きりで勉強するはずだったのだが。ついはっちゃんと映画を観に行くことを漏らしてしまったのを好奇心旺盛な勘右衛門が見逃すはずがなく、根掘り葉掘り聞かれてしまったのだ。もう今日は勉強はできないなと半ば諦めて天井を見る。と、そんな俺の目の前に顔をあらわした勘右衛門は、俺の腕をがしりと掴んだ。

「じゃあそのデートのために、この尾浜勘右衛門さまが兵助のコーディネートをしてあげましょう!」

あ、いやな予感。
そう思ったときには遅くて、俺は勘右衛門に引きずられるようにして家を出た。ちらりと盗み見た勘右衛門の笑顔が俺より嬉しそうに見えて、思わず笑みが零れた。



「遅いなあ…」

約束したはずの彼女が来るのを、腕時計を見ながら待つこと10分。ポケットの中でメールを受信したことを知らせる震えを感じ、彼は携帯を確認した。『すみませんもうすぐつかます』という文面にふっと口元を緩め、ベンチに腰掛けた。街中に男一人なんて何だか虚しいが、急いでいたのか、おかしな言葉になっていたメールを思い返せば、特に気にすることでもないように思えた。

「あれ?」

彼が急いで来ているだろう彼女の寄りたい店がどれだか予想でもしようと通りに視線をやった途端、ふと、思いがけない人物を発見して目を見張った。そして、いつも仏頂面で少ししか変化をみせない顔が楽しそうに笑みを浮かべるのを見て、あんな顔もできたんだなと感心した。

「すみません、電車が止まってしまって…お待たせしました!」

後ろから声をかけられ、待ち合わせをしていた相手が来たことに気付き、彼はゆっくりと振り返った。

「気にしないでいいよー、そんなに待ってないから。それよりも、大丈夫だったの?」

「はい、大丈夫です」

「そっか。じゃ、行こうか」

彼はそう言うなり、彼女よりも先を歩きだした。彼女の静止の声も聞こえないふりをしてひたすらに足を動かす。ちょっと可哀想なことをしている自覚はあったが、目敏い彼女に自然とあがる口端を気付かれたくなかったのだ。

「…久しぶり、久々知くん」

そっと呟いた名前の響きが懐かしくて、涙目になってしまったのは、いつの間にか追い付いていた彼女に見つかってしまったけど。



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2012.0831
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