夕陽の街の幻影童話




オリジナル要素多めなので良かったら→設定




朝一番に珍しく臨時の学校集会が開かれて以降、校内はとある話題で持ちきりだった。

特別クラスに在籍する生徒が一人失踪した、と。

彼がいなくなって四日が経過したが、一向にその行方は分かっていない。

彼は病弱というハンデを背負ってはいたものの、成績優秀で素行も家庭内も特に問題なく、人好きのする優しい性格をしており、自らの意志でいなくなるとは考えられない。
何らかの事件に巻き込まれたとして警察がその行方を捜査している。

が、生徒たちの間ではひっそりとこんな噂が流れていた。


消えた少年―九ノ瀬遥は『影を喰われた』と。



■□■



夏休みが明け、弛れた体を引きずって高校に通った九月も終わり、秋の深まる頃。

カッターシャツの上にセーターを羽織った格好では寒い日もある。そろそろブレザーを出す時期だろうかと秋風に体を震わせて考える。

隣の車道を通り過ぎていく車の音がうるさい午後、シンタローはだらだらと見るも怠そうに家に向かって歩を進めていた。

きっと真っ赤になっているであろう頬に触れる。ひりひりと痛い。じわりと指先から熱が広がった気がする。ふう、と息を吐いた。

―もしかしたら発作でも起こしてどっかで倒れて、そのまま。

そう言いかけた瞬間だった。クラスメイトの楯山文乃―アヤノがシンタローの頬を思いっきりひっぱたいたのは。いつもの穏やかな笑顔はどこへやら、シンタローのことをきっと睨みつけて。

一つ年上の少女は、見たこともない真っ青な頼りない顔で、遥、どうしよう、どうしようとそればかりを繰り返していた。それに無性に苛立ってつい口から出た残酷な推測。

彼女―榎本貴音は、見つめ合うシンタローとアヤノ、二人の顔を見てそれから泣きじゃくった。それが今日の昼の休憩時間のこと。

シンタローが素直に誰かを慰められるような性格はしていないと長い付き合いのアヤノなら分かっていただろう。
いつもの彼女なら、シンタローがどんな罵詈雑言を放とうが笑顔でまあまあとたしなめたはずだ。それなのに手を上げてしまったのは彼女もまた動揺していたからに違いない。

そして、シンタローも。口が悪いことは自他共に認める事実であるとはいえ言っていいことと悪いことの分別くらいはつくし、心の中に留めておく位の我慢は出来る。
あんな酷な言葉をつい口にしてしまったのは、やはり自分も動揺していたということなのだろう。九ノ瀬遥の失踪に。

九ノ瀬遥。穏やかで呑気で鈍感で、そして優しい一つ年上の先輩。出くわしては口喧嘩ばかりをする貴音とシンタローの間にアヤノと共に割って入って、どうにかとりなそうとする。
押しに弱いかと思えば意外と飄々としていて掴みどころがなくて、どれだけ突っぱねても平気で絡んでくるところはどこかアヤノに似ている。似ているようで全然違うけれど。

彼の人となりや、ぽやっととぼけた笑顔がシンタローは嫌いではなかった。

彼がいなくなってしまったことを悲しむより、その理由を先に考えてしまう頭。元来冷めている性格のせいか、他人より遥かに明晰な頭脳のせいか。どちらにせよ、貴音のように涙を流すのはただひたすらに無力で苛立つ。
だからと言って何かが出来るわけもないだろうし、と出てきた結論は結局自分も無力な一人の高校生でしかないということ。

遥先輩、と面と向かって呼んだことのない呼称を舌の上で転がした次の瞬間。曲がり角の向こうからやって来た人間とぶつかって、シンタローは尻餅をついた。

「うわっ!」

「す、すみません!大丈夫っすか?」

「平気だ。ったく、どこ見て歩いてんだよ…」

俯きながら歩いていた自分のことは棚に上げてぶつくさとそう言いながら、シンタローは顔を上げた。

黒髪に黄色のピンをつけた少年が目の前に立っていた。爽やかなスポーツ少年と言った雰囲気。カッターシャツに黒のズボンを身に付け、腰に学ランを適当に結んでいる。どうやら近隣の中学校に通う学生のようだ。

地面にへたりこんだままのシンタローに向かって頭を下げると、少年は慌てて手を伸ばしかけ―はた、とその手を止めた。

「…シンタローさん?」

「だ、誰?」

「え、覚えてないんすか」

シンタローがきょとんと首を傾げると、少年は目を丸くする。さっぱり覚えが無いが、自分の名前を知られているあたり、どうやら知り合いで間違いないようだ。

ううん、と沈黙して考え込んでいるシンタローに、少年は苦い顔で大きく溜息をつく。

心なしか、さっきより機嫌が悪くなっているような。

「前に一度会ったじゃないっすか…。ほら、アヤノ姉さんと一緒に」

「アヤノ?え、えっと…、あ」

名前を出された知人の顔を思い浮かべつつ、少年の顔をじっと見つめる。ふいに記憶が繋がった。

少しは人と関わることに慣れたら、といらないお節介を焼いて引き合わされた年下の少年少女。確か三人いて、皆が皆パーカーを着ていて、とそれはどうでもいいのだけど。

シンタローは記憶の奥底から目の前の少年の名前をなんとか引っ張り出す。

「たしか………セト?」

「そうっすよ」

セトはこっくりと頷いてシンタローに手を差し伸べた。ああそれで、と少年の仏頂面にも合点がいく。シンタローの記憶が確かなら、彼は自分に対して相当の悪印象を抱いているはずだ。

目の前の手を見つめて逡巡して、シンタローは結局セトの手を取る。ぐ、とセトの手に力が入って、シンタローを引っ張って立ち上がらせた。


続き


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