※シンセトの日にupした「押し引き駆け引き」の裏話。あっちの小説の何日か前のお話です。単体でも普通に読めますが、未読の方はあちらを先に読んだ方がよろしいかと。






恋というものは非常に厄介だと思う。

知らない間にじわじわと這い寄って、ふと気付いた瞬間にはもう手遅れ。心を隅から隅まで侵しつくしてけして逃がさない。

俺だって、いざ自覚する瞬間まではあの人に恋をするなんて微塵も思っていなかった。



■□■



バイトから帰ってくると、ソファにもたれかかった赤色の背中が一番に見えた。

お帰り、と言ってくれるマリーやキサラギさんににこりと笑って、さっさと彼の元に歩み寄る。

「シンタローさん!」

「ひっ」

面白いくらい肩が跳ねて、シンタローさんが振り返る。弾みで両耳に入れていたイヤホンが落っこちた。

「あ、せ、せ、セト。おおお、おかえり」

俺の顔を見た瞬間にシンタローさんの顔が真っ赤になった。呂律が回っていないのは緊張のせいだろう。

やっぱり面白い人だ、とくすりと笑った。



シンタローさんがどうやら俺に恋をしているらしいと気が付いたのは、数日前のことだ。

俺だって一応二十年近く生きてきたし、全く恋愛経験がないわけじゃない。バイト先で知り合った女の子に告白されたことだって何回かある。
その度に今は家族(メカクシ団のメンバーのことだが)の生活のことで手一杯だからと丁重にお断りしてきたが。

けれど流石にこれは例外すぎる。だってシンタローさんは紛れもない男だ。同性だ。

それだけで随分な否定要素なのだが、シンタローさんの俺に対する反応はいかにもあからさまで。

目が合うと慌てて顔を背ける、話しかければ声が裏返る、触れれば真っ赤になって慌てて離れる、などなど、自惚れなどでは無いと確信できるくらいに彼が俺に恋をしているのは明らかだった。

シンタローさん自身もどうして俺を好きになってしまったのか戸惑っているようで、なんとか普通に接しようとしてみたり、俺を避けようとしてみたり色々と頑張っていた。
最終的には全部諦めたようで、特に取り繕うこともなく、かといって俺に迫るでもなく、いつも通りアジトのソファを陣取って黙々と携帯をいじっている人に戻った。

俺の方は、男に恋をされて気持ち悪いなどという嫌悪感は特に無く、単に面倒だなあ、と思った。
前にバイト先の女の子と恋愛のトラブルが起きた時、本当にややこしくて面倒で、以来恋愛はもういいや、と早々に冷めてしまったこともあって。

まあ、さすがに最初は驚いた。けれど、最近では少しだけ楽しくなっている。なんというか、シンタローさんの反応はいちいち面白すぎるから。



隣に腰掛けるとシンタローさんがこちらを睨んできた。そんなに真っ赤な顔をされても照れ隠しにしか見えないのだけど。

「シンタローさん、お話しましょう」

「べ、別にオレと話したって面白いことなんかないぞ」

シンタローさんは目を逸らしながら答える。力を使わなくても分かる、これは嘘だ。

どうせ俺と一緒にいて気持ちがばれてしまわないかと考えているんだろう。そこは安心して欲しい、もうばれているから。

ただ、こうして何も気付いていないふりをしてシンタローさんにちょっかいを出すのは本当に楽しい。シンタローさんのあたふたと慌てる姿は見ていて飽きない。

シンタローさんが告白してくるまではせめてこの関係を続けたいところだ。俺からは進んで振らない、だって面白いから。

それにしても、彼は思った以上に奥手だ。

俺のことを好きだと自覚していても何のアプローチもかけてこない。最初から叶わないと諦めきっている様子だ。
関係がぐちゃぐちゃに壊れてしまうなら今のままで、とでも思っているんだろう。

慎ましい人だ。そういうところが彼の好ましいところだと思うが、どうにももどかしい。

俺だったらどういう手を使ってでも欲しいものは手に入れるけどな、と考えてふと我に返る。
まるでシンタローさんにそうして欲しいみたいじゃないか、とぎょっとする。

「…セト?」

声をかけられて顔を向けると、シンタローさんが困り顔で首を傾げてこちらを見つめていた。

なんか、かわ…じゃない、待て、俺。今何を考えようとした…ってやっぱり気付かなくていいから。やばい、混乱してきた。

シンタローさんの視線がいつもより痛い。じりじりと熱い。顔が、熱い。

おかしいな、いつもこの人をからかって楽しんでいるのは俺のはずなのに。
きょとんと不思議そうなシンタローさんによって、気が付いたら俺の方が追い詰められている。それも、一人で勝手に。



■□■



次の日、またまたバイトから俺が帰ってくると今度はアジトには誰もいなかった。いや、訂正。一人だけいた。

彼の姿を確認した瞬間に、止めて下さいよ、と額に手を当てて天を仰ぐ。正確には天井だけど。

クーラーがごうごうと冷たい空気を吐き出す中、シンタローさんがソファに横になって寝息を立てていた。いつものような眉間の皺は寄っていなくて、実に無防備な寝顔だ。

この人、本当に年上なんだろうか。そう思ってしまうほどシンタローさんの寝顔は幼くて子供のよう。

何となく目が離せなくてじっと眺めていると、ふいに心の中に何か言い知れない感情が湧いてくる。どくん、と心臓が大きく動く。

駄目だ、やっぱり昨日の動揺を引きずってしまっているみたいで。

頭を切り替えるついでに自分の部屋に入り、タオルケットを取ってくる。クーラーの温度を何度か上げて、シンタローさんに近寄った。

それにしても、本当によく寝ている。

しゃがみこんでタオルケットをかけてやり、シンタローさんの顔を見ると勝手に微笑みが浮かぶ。

「………」

―ちょっとした気の迷いだった。

シンタローさんの黒髪が意外と柔らかそうに見えて、手ですいてみる。する、と簡単に指が通った。

…って何をしてるんだろう俺は、本当に。どうしてか赤くなってしまいながら、慌てて手を引こうとして止まる。

シンタローさんの骨ばった手が、俺の手首を掴んでいた。

目を閉じたままむにゃむにゃとなんだか分からない声を漏らして、俺の手の平に頬を擦りつける。

「え、え…え、ちょ、シンタローさん…?」

猫みたいな行動に戸惑う。どうしよう、やばい。もう認めよう、この人可愛い。顔が熱い。

しかし、シンタローさんの攻撃はそれだけでは終わらなかった。極めつけはすりすりと俺の手に擦り寄りながら零した寝言。

「…せと…」

「へ、お、俺っすか!?」

声が裏返る。シンタローさん、本当は起きてないだろうな。嘘が下手も下手、ど下手すぎる彼に限って無いだろうが。

「ん、………すき」

「―――っ!」

固まった俺には構わず、シンタローさんは俺の手を惜しげもなく手放して再び深い眠りに落ちてしまった。すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。


狡い、無自覚でこんなの狡い。口元を覆う。顔が絶対真っ赤になっている。


おかげで自覚させられてしまった。これは紛れもなく恋だ。俺はもうどうしようもないくらいこの人に恋してしまっていた。

もうずっと前からか、それとも昨日からかもしれない。分からないけれど、既にお互いの恋が叶ってしまっていただなんて笑える。


両思いなのは確かだけれど、あれほどシンタローさんの気持ちで遊んでからかっておいて、自分から告白するのは何だか悔しい。


だから、どこまでも奥手なこの人から言ってくるまで待っておくことにしよう。俺の理性が耐えられる限りは、だけど。




水面下ラブストーリー
(愛しいあの人には、一生秘密のお話です)





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