見せかけワンサイドゲーム
つい二、三日前に知ったことだが、シンタローさんはどうやらシューティングゲームの類が大の得意らしい。
コントローラーを握って画面を見据え、黙ったままかちかちと目にも止まらぬ速さで指を動かす。
テレビからはぎゃーだとかぐわーとかそんなおどろおどろしい作り物の悲鳴がひっきりなしに上がっている。淡々とした表情で画面の中の敵を駆逐する動きには、一切の無駄がない。
折角の二人きりなのにシンタローさんはすっかりゲームに夢中だ。その目は画面に釘付けで、俺の恨めしげな視線に気付いてすらくれない。
「…狡いっすよ。いつもは情けないのにこんな才能隠してたなんて」
「ひどい言いようだな。間違っては無いけどさ」
「ねえ、シンタローさん」
「ああもう、ちょっと今たてこんでるから後にしてくれ」
「…」
なんて邪険な扱いだろう。ひどい。
画面を照準のマークが素早く走り回り、それと同時に右上隅に表示されているスコアがものすごい勢いで上書きされていく。このゲームのルールがよく分かっていない俺でも、シンタローさんの腕前が超人レベルであることくらいは分かる。
そもそも彼が今必死になってプレイしているゲームは、ヒビヤ君たちの遊び道具用にキサラギさんが家から持ってきたものだ。
元々はシンタローさんの私物で、長い間使われていなかったそうだが、キサラギさんがアジトに持ってきた途端それをプレイしていた思い出がよみがえったらしい。
彼はヒビヤ君たちが少しやっただけで飽きたと言い出したにも関わらず、一人だけどっぷりとハマりこみ、ずっとアジトに入り浸っては、夢中でプレイし続けている。
だけど恋人の俺を放り出してまでゲームに夢中になるのはやりすぎだ。
わざわざ二人きりの時間をゲームに費やすなんて、勿体無いとは思ってくれないんだろうか。
俺はそっと溜息をつき、隣の彼に手を伸ばした。
「シンタローさん」
「だから話なら後に…、っ」
ぎゅっとシンタローさんを引き寄せるように抱き締める。ぴくっと体が震え、延々と動いていた指先が引きつって止まる。
その間に血まみれの人間…いや、ゾンビだろうか…が度アップになって、爆発音と一緒に画面が一瞬赤くなった。
「お、お前のせいでハイスコア逃しただろ。どうしてくれんだ」
シンタローさんはコントローラーを持ち直しながら文句を言うが、声が震えて上ずっている。
そうそう、これでこそシンタローさんだ。いつまでたっても初心な反応に満足して、そっと囁いた。
「…可愛いっすね、シンタローさんは」
「なっ…!」
がちゃん。コントローラーが床に落下して音を立てた。シンタローさんは顔を真っ赤にしてそれを見下ろす。
けれど、意外なことに拾い上げようとはせずに、彼は黙って俺の体に背中を預ける。
「あれ、いいんすか?」
「じ、自分で邪魔しといて言うな。…スコア台無しだし、意味ねえよ」
画面に次々とゾンビがぶつかってきて、全体が赤く点滅する。体力のゲージがじりじりと下がっていく。
それを眺めながら、彼は前に回された俺の手を取って、指を絡める。珍しく積極的だな、と思いながら握り返す。
真っ赤に顔を染めて、シンタローさんはこちらを見上げる。
繋いだ手と逆の腕を持ち上げ、細い指で俺の頬に触れながら、それに、と彼は呟いた。
「一番仕留めたい獲物はもう釣れたし」
「…。はい…?」
言っている意味が分からず、首を傾げる。
そんな俺を見て、シンタローさんが強気に笑う。
おかしい、流れが変わってきたような気がする。…あれ?
「あの」
「ゲームにまで嫉妬して、ガキ。簡単に引っかかってやがんのな」
「…え、え、………。あ」
停止しかけの頭でしばらく考えて、やっと楽しそうに言われた言葉の意味が分かった。
「そ、そういうことっすか!?」
「はは、やっと分かったか。ばーか」
「…っ、ああもう、ひどいっすよ、シンタローさん!」
挑発的に見つめられて、もうお手上げだ。かっと顔が熱くなる。
込み上げてくる羞恥に耐え切れなくて、抱き締める腕に力を込めた。
―こんなに駆け引き上手だったかな、この人。
散々俺に振り回されているふりをして、実はシンタローさんの方が俺より上手だったりするのかも。
そう考えると思い当たるふしが幾つも思い浮かぶ。
もう何が仕組まれていて何が天然なのかさっぱり分からない。
近づけば近づくほど底知れなくて、知れば知るほど深みにはまっていく。悔しいけど、愛しい。
「ねえ、シンタローさん」
「ん?」
「もう、お願いっすから。ゲームなんかじゃなくて、俺に構って下さい」
今日は珍しく年上らしい彼に素直に甘えさせてもらおう。
ここで仕返しというのもいいけど、そうするとちょっと加減出来なさそうで恐いし。
「分かった」
彼ははにかみながら頷き、俺の方に体を向ける。
嬉しそうな笑顔があまりに可愛くて、今のこの人になら何をされたって許してしまいそうだ。
おいで、と囁かれるままに首元に顔を埋めると、ぴくりとシンタローさんの肩が跳ねる。
付き合い始めてからずっと変わらない、この初心な反応だけは天然に違いないんだろうな。ああ、勝てない。何もかもが可愛すぎる。
溜まった熱を吐き出すようにそっと息を吐いた時、チープで大きな爆発音と、「You Lose!」という英語の音声が耳に届いた。放り出されたコントローラーがぶるっと震える。
「あーあ、死んだ」
シンタローさんは台詞に合わない弾む声で、そんなことを呟いた。