※カノの誕生日記念
ドアの向こうから騒がしい声が聞こえる。
夕陽が沈む頃、僕とシンタロー君はパーティーを抜け出して二人、僕の部屋で過ごしていた。
「戻らなくていいのか、お前の誕生会だろ」
「いいんじゃない?結局皆は何かしら騒ぎたいだけだからね。それよりも、もういい加減に拗ねるのはやめなよ」
「別に、拗ねてない」
「じゃあその不機嫌な顔はなんなのかな…」
今日は僕の誕生日で、誕生会をするからとアジトに朝から集まることになっていた。
シンタロー君は誰より早くアジトに来て僕と顔を合わせ、一番に「おめでとう」と言ってくれるつもりだったらしい。
ところがそれは早朝に響き渡ったパソコンからの巨大なアラート音と、それに伴う母親の説教で叶わず、出遅れたと言って彼はずっとしょげている。
ちなみにその話を聞きながら、「いっそ僕と一緒にアジトに住めばよかったのに」と言ったら殴られた。割と本気で言ったんだけど。
で、もう一つ、彼が僕にくれたネックチェーンについても。
僕が包みを開けた瞬間、キサラギちゃんから「地味」と声が飛んで、それにショックを受けたらしい。
地味というより可もなく不可もなくといったシンプルなデザインで、当たり障りの無いプレゼントを選ぶところがシンタロー君らしい。
僕としては他の皆の個性的かつ非実用的なプレゼントよりずっと良かった。
ところが彼はそれらの二つの出来事ですっかり落ち込んでしまったようだ。
その意味するところを考えれば嬉しいのはやまやま。
だけど、いつまでも仏頂面でいられると少々つまらなくもなる。
「良いんだよ、シンタロー君。このくらいの年になると誕生日だって単に年を重ねるだけのイベントだしさ。まあ、皆が祝ってくれるのは嬉しいけど」
肩をすくめると、シンタロー君は僕の顔をまじまじと見つめて溜息をつく。
「嘘つけ。お前、あんまり喜んでなかったぞ。騙されてやろうかとも思ったけど、やっぱ止めた」
「…手厳しいね」
「お前の嘘なんかしばらく一緒にいると分かるんだよ」
笑顔を貼り付けて返す。その顔止めろ、とシンタロー君が煙を払う時のように手を振った。
彼は何でも無いことのように僕の嘘を見抜く。そして時にその嘘を暴き、時に騙された振りをする。
それが僕にとってどれだけの価値を持つかということを知らずに。
こうやって追求されてしまえばもうお手上げだ。本当のことを話さなくては、彼はいつまでも満足しないままになる。
それが僕への怒りになるならまだしも、彼自身がずっと思い悩んでしまうものだから厄介だ。
「僕はね。昔から、誕生日にお祝いされても嬉しいと感じられないんだ」
シンタロー君が眉をひそめた。なんで、と小さく問う。
「そうだね。誰かが勝手に生み落とした日を祝われても、何とも思わないから、かな」
「誰かって、お前の親だ…」
彼は途中ではっと口をつぐむ。「わり」と呟くのが聞こえた。しゅんと落ち込んだ顔をしている。
僕は構わないよ、と笑顔で答えた。
けれど、心の中では暗い感情が渦巻いていた。きっとシンタロー君にも見抜かれているだろう。
我ながら幸せな人生を歩んできたとは思えない。
生まれたことを後悔したことは数え切れないほどあった。
誕生日。
生まれてきたことを祝福する、生まれてきたことに感謝をする日。
その意味が僕には分からない。分かりたくもない。
「まあ…そういうことだから。誕生日なんて僕にはどうでもいいってことで」
この話はもう終わり、と言おうとすると、シンタロー君が唐突にぽつりと呟いた。
「どうでもいいこと、ないだろ…」
「え?」
「お前にとってはどうでもよくても、オレにとってはそうじゃない。…好きな奴が、カノが生まれてきた日はオレにとって特別、だから…」
真っ赤になりながら彼はそう言うと、僕にぎゅっと抱きついた。
僕は彼の体を受け止めて何かを言おうとする。
けれど、言葉が見つからない。
暖かいものが胸の内に溜まって、抑えきれずに喉元にこみあげた。目がじわりと痛んで視界が滲む。
それが何かということに気付いて、慌てて目を赤く光らせて取り繕った。
「…はは。君は本当、面白いね」
笑い声が僅かに掠れていて、ばれやしないかとこっそり焦る。
しかし、その心配は無用だったようだ。
僕にしがみついていたシンタロー君はからかわれていると思ったのだろう、勢い良く身を放すと、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせる。
「オ、オレは真面目に…!」
「うん」
僕が穏やかに頷くと、シンタロー君は驚いた様子で目を瞬いた。
思っていること全てを顔に出して、くるくると表情を変える。
そんな彼が愛しくて、偽らなくとも口元が緩んだ。
―カノが生まれてきた日は、オレにとって特別、だから。
例えば。
本やドラマ、映画の中に、感動の名作と銘打った作品は山ほどある。
名言とされる言葉もこの世界には溢れかえっている。
けれど、どんな作品より、言葉より、彼のいつになく素直で拙い言葉の方がずっと心に染みる。
彼の言葉だけが僕の中で意味を成す。
「僕の気持ちをこうも揺らす人は、君以外にはいないな」
「ど、どうした。いつになく真面目だな…」
「ふざけたらふざけたでうるさいくせに。…シンタロー君。僕には、やっぱり生まれた日を喜ぶことなんて出来ないよ」
「…っ」
シンタロー君の表情が泣きそうに強ばる。そんな顔をするから、本当の気持ちを言わずにはいられなくなる。
僕の本心を見抜き、見せられる、唯一の愛しい人。
その潤んだ瞳の下をそっと指先で撫でる。
「でも、君が喜んでくれるなら。それなら、僕も嬉しいから」
―ありがとう、シンタロー君。
そっと囁く。
彼の瞳からころりと涙が一粒落ちた。
「本当、お前どうしようもねえな…。オレなんかのこと、そんなに好きになって」
「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」
そう答えてシンタロー君に口づける。
彼は顔を真っ赤にして、馬鹿、と呟くと、嬉しそうに微笑んだ。
祝福より、感謝より
(君が笑うなら、それが素晴らしい日だと僕にだって分かるのです)