ランチタイム事情
ランチタイム事情
缶のホットコーヒーをちびちび飲みながらストーブの前で暖をとる佐治さんは、何か言いたげに見つめる吏人君の視線に全く気付く様子もなく寒い寒いと呪文のように繰り返している。ジャージを羽織りマフラーまで巻いてストーブの真ん前を陣取っているのにそれでも寒いのだろうか。
「佐治ってホント寒がりだよな」
「すーぐストーブ占領するし」
「毎年のことだけどなー」
「うるせェ、オレはお前らと違ってデリケートなんだよ」
周りにいる先輩達がからかうと、佐治さんは唇を尖らせ反論する。そんな微笑ましい光景も隣にいる吏人君の心中を思うと笑おうにも笑えずご飯を口に運んで誤魔化した。
僕らは今、三年の教室にいる。
『寒いから教室出たくない、吏人連れてこい。あといい加減あいつに携帯持たせろ。』
こんなメールが佐治さんから届いたのは今から十分ほど前だ。佐治さんが直接言えば吏人君も携帯電話を持つと思うんだけどな、まあ素直に頼むとは思えないけどね。
屋上へと向かおうとしていた吏人君を呼び止め、一人じゃ教室まで辿り着けない(この間は何故か階が違う保健室に着いたらしい)彼を連れていったらすでに佐治さんと他のサッカー部の先輩達がストーブを囲んでいて、僕まで一緒にということになってしまいこうして弁当を広げている。
佐治さんの周りには常に人がいるし練習もあるから校内で二人きりになろうとするのは中々難しい。だから昼休みくらいは一緒に、と吏人君が誘って屋上で待ち合わせをしていたみたいだけど、佐治さんが今年冬一番の寒さとストーブの誘惑に負けてしまったので二人きりにはなれず、構ってもらえない吏人君はつまらなそうに焼きそばパンにかぶりついている。朝からどこか浮き足だっていた彼を見ているせいか余計にかわいそうに思えてしまう。
「なんだよ吏人、やけに大人しいじゃねェか」
やっとというかようやくというか、吏人君の変化に気付いたらしい佐治さんが声をかけた。鼻先は少し赤くなっている。
「佐治さんと二人きりがよかったのに」
だって、と呟いたあとの小さな子供のわがままのような言葉に、佐治さんは2秒ほど固まったかと思えば、ボン!と音が聞こえそうなくらいに一気に顔を紅潮させる。ストーブにあたっている時よりも、もっとずっと赤い。
「…バ、バッカじゃねェのお前!」
「ホントのことッス。すげェ楽しみにしてたんスからね」
「…しょうがねーだろ。屋上とかめちゃくちゃ寒いじゃねェかよ、オレは寒いのはイヤなの。つかお前人前でそーいうこと言うなよ」
「なんでですか」
「恥ずかしいだろーが」
「オレは別に恥ずかしくないッス」
佐治さんは周囲を気にしているみたいだけど、こんな痴話喧嘩は部内ではよくあることなのでみんなまた始まったなといった表情だ。もちろん僕も含めて。少し悔しそうな顔をしている先輩もいるが、気のせいだろう。たぶん。
「…昼からサボるか?」
照れくさそうに佐治さんが誘えば、吏人君は嬉しそうにはいと笑う。ちらりと時計に目をやると、もうそろそろ昼休みも終わる時間だ。僕は次の数学の授業で先生にどう言い訳しようかな、なんて考えながら急いで残りの弁当をかき込んだ。