けんかするほどなんとやらです
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まったくもって遺憾である。なにがといえば先程まで泰麒と一緒にいた美情夫こと驍宗殿のことである。いくら麒麟の体が寒さやらなにやらに強くできているとはいえ、薄布一枚羽織っただけの状態で寒空の下を連れ回すなどもってのほか。もしや驍宗殿にはそういった趣味でもあるのだろうか。戴国の行く末が心配である。

走るわたしの背中にきゅうと抱き着く泰麒の体温が気持ちよい。はじめは本当に捕まっているだけだったのがいまや慣れたのか毛皮に顔まで埋めてご機嫌なよう。なれどもふもふふがふがされるのは少々こそばい。そういえば饕餮が小さかったときも背中だの尻尾におもいっきりじゃれられたものだ。歯の生えはじめの時分にはあちこちあま咬みされて自慢の毛がべったべたで鷸と鷺に笑われたのをよく覚えている。おかえしに饕餮を二匹に焚き付けてやったが。あれは愉しかったなあ。

「ねえ、ぬえさん」

「なんだい、泰麒」

「ぬえさんは傲濫のお父さんなの?」

「うーん、血は繋がっていないから育ての親くらいかねえ」

「そうなんだ」

「ああ」

黙りこくる泰麒のわたしの毛を握る手に力が入る。びゅうびゅうわたしが風を切る音だけが妙に耳につく。意図しない沈黙にどこかからだがむずむずした。


「ごめんなさい」

思いがけない一声に前に向けたままだった頭を泰麒に向けた。泣きそうなほどにしかめられた幼い顔が痛々しい。なにか謝らなければいけないようなことをこの子は私にしただろうか。身に覚えもなく首を捻ればぽつり、と鼻に雫が落ちた。おやおや

「ああ、泣かないでおくれ。泰麒がなにを謝っているのかはわからないけれど、わたしは泰麒を怒ったりなんてしないよ」

ぽつぽつ涙の止まる気配を見せない泰麒をぐりぐり頬を擦り付けて宥める。ほうら、笑っておくれ。

「だって、ぼく、…ぬえさんの家族…とっちゃった」

「あらあ、坊は優しいね」

「鷸に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいになあ」

「坊の爪に垢なんかありませんよーだ」

「なら鷸はこれから一生、人でなしならぬあやかしでなしだな。よっあやかしでなし」

「むきーっそこになおれっ今夜の夕げは鳥南蛮だあぁああ」


ばびゅん、と飛んでいってしまった二匹をぽかんと見送る泰麒にいつものことだから気にせんでいいと伝える。ぐりぐり目を擦っていたのをやめさせてよくよく顔を見る。ああ、涙も止まったようだね。目が赤くなってしまう前でよかった。ねえ、泰麒

「いつか子は親から巣立つものさ。泰麒が気にすることはなにもない」

「でも家族はみんな一緒がいいよ。だって近くにいるのに一緒にいられないのは悲しいもの」

「ふうむ、なれば泰麒。ひとつわたしの頼みをきいてはもらえないかな」

「ぼくができること?」

「泰麒にしかできないことさ」




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