小説 | ナノ


▽ 甘えが下手な彼は、




香水は、手首と首につけるのが普通だ。
それは匂いが発散されやすい、体温の高いところという理屈に基づいている。
なので、人間香水をつけずとも『その人の香り』も手首や首から嗅ぎ取りやすい。
そして香ると同時に晒しているのだ、その太い血管が通る柔い肉を。


そうした理屈を影山が解っているかと言えば解っていない、と断言するくらいには知識のないまま、彼は今日も谷地の項に顔を埋めて彼女の香りを堪能する。
…疚しいというよりは安心したいという行動に近いものではあるが。
そして谷地が影山の直毛を擽ったいと油断したあたりで柔く食む。最初は優しく。
次に歯を立て、かぷりとその皮膚を、感触を確かめる。
さすがにそのまま歯を突き刺したりはしないが影山はたまにそのまま食い散らかしたい、と思う。
この、自分を疑いもせずに身を預けたまま好きにさせる彼女を、腹の中へと。
…そしたら会えなくなるな、とそこで諦める。
最高の御馳走はいつでも手元におきたいし、確かめていたい。



そうして今日も影山は歯を立てる、食べる真似事をする。
彼女が離れて行かぬよう、精一杯、下手くそな彼なりの甘えを示すのだ。

(傍に居てくれるか、とその一言の代わりに)


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