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▽ 約束守った男の子には / かげやち






遠い未来 / 捏造 / 時間軸とか雰囲気で読んでくださいませ





その瞬間、ボールがコートに落ち、主審の長い笛が鳴っていた。
次に会場は静まり返り、その次にまた沸き立つ。
当の俺はというとなんだかそれらが全て遠い出来事の様に感じていて、またもう一本サーブがあってトスを上げるのを待ち構えるように身体が固まっている。



「―――げやま、影山!」



(うっせえ、誰だ、)
振り返れば日向が興奮しながら、「やった!やったな影山!」と馬鹿の一つ覚えのように叫んで飛び跳ねている。
…ああ、馬鹿かコイツは。そしてもう一回ぴょん、と跳ねてから日向が口を開いた。



「やったんだよ、俺たち―――勝ったんだよ!」





…その言葉に、勢いに。
やっとトスを上げ続けていた手に違う感触が込み上げてきた。
それは、コイツと研究してた新しい速攻がやっと決まった時のような、いやそれ以上の快感が、喜びが手のひらに集まって逃がさないようにぐっと握り締めればそれが全身に回って勝利に身体が打ち震えた。
やった、と日向と同じように声をあげようとしたら「〜〜〜〜〜っ!!!」と声にならなかった、…ダセェ。




(ああ、でも、この勝利を、待っていた!)














『…もしもし?』


チームに宛がわれた宿舎を出て入口前にある自販機横のベンチに腰掛けて携帯をタップすると、5コール目で電話が繋がった。
電話越しから聞こえる谷地さんの声は普段聞く声と違っている。
それは当たり前の話なんだけど、やっぱり電話越しじゃなくて目の前で聞く声の方がいいと思う。
そんな感想を持ちながら、蒸し暑さに自然と額から垂れてくる汗を拭うと返答が無いからかもう一度『もしもし?』と聞こえた。



「谷地さん、」
『あ、ああ影山くんが話してくれたー!もう悪戯か影山くんファンの方からのなりすまし電話かと思うところだったよ』
「…なんだソレ」
『あっ今また変なこと考えてるって思って笑ったでしょう…』
「…まあ」
『うぅ…』



初めて会った高校生の時に比べたら軽口も叩けるようになるだなんてきっと夢のまた夢のようだ。
けれど現実はこうやってしている…が、当然ここまで来るのに少し時間がかかった。
高校卒業してから大学1年の秋に再会して、好きになって、傍にいてくれるようになって。
けど俺はこんな性格だし向こうも案外本人が譲らないと思ったところは譲らないのでたまに喧嘩した。
一番ひどい喧嘩は、大学2年の時に怪我して療養しろと言われたけど焦って練習をして悪化した時だ。
それを知った彼女が普段からは考えられないほど怒って『身体を大事にしない影山くんなんて嫌い!私が一番大好きで大事にしてるバレーをする影山くんを壊そうとするなら本人だってダメ!』と叫んだ時だ。
選手の気持ちがコートに立たない奴に分かるかよと思っていたあの時は、その言葉が衝撃的だった。


『今はいいよ、継ぎ接ぎで出来るようになるかもしれない。けどその後は?
 影山くん自身が満足できるプレーが出来なくなったら?バレーを手放さなきゃならなくなったら?
 そんなの嫌だよ、影山くんが自分の夢の首を絞めちゃダメだよ…』


家族以外でこんなに大事にされた、という実感が湧いて知らず泣いていた。
…今考えると【コート上の王様】の次に黒歴史入りするな…そんな俺を抱いて一緒に泣いてくれたのだ、彼女は。
その時に夢に加えて1つ約束を彼女とした。
…実はその確認の電話だったりする。
(…覚えてっかな)




『でも大丈夫?今影山くん試合期間の真っ最中だよね』
「ああ、うん」
『ていうか今週末すごい大事な試合だし…』
「気が早ぇよ」
『でも、きっと…そうなるよ』
「ん。…で、その今週末は見に来れる、のか」
『!!!も、勿論であります!ど、どうしたの?!』
「え」
『だって、普段見に来るのかとかそんな、き、聞かないので疑問に思ったのデス』
「その。谷地さんとの約束、守る日、なんで」
『!!…そう、だね』




…みんながほしがる、いろの、めだる、を、やちさんに。
そう泣きながら約束した。彼女も泣きながら、うん、待ってるからいつか下さいと。
もう少しのところまで来た、眩しい頂はそこなんだ。




『あの、あのね…?』
「おう」
『その、月並みで大変申し訳ないんですが…』
「?」
『が、』
「…が?」
『がんばれ…!』




…やばい。高校の時澤村さんがまでもが清水さんの言葉で泣いた気持ちが、分かってしまった。
(携帯落とすところだった)














反射的に顔を上げて客席を見る、何処だ、何処にいる。
小さな彼女を見つけることは簡単じゃねーけど今日ばかりは今この瞬間に見つけなきゃなんねえ。
(―――…いた!)
やっと見つければ、彼女は手すりから一生懸命身体を乗り出して顔を真っ赤にしてくしゃくしゃにしながら泣いていた。
…嬉し泣きなんだろうけど可愛い顔台無しだろ。
何処かいつも通りの彼女に安心して腹に力を込めて叫んだ。


「―――谷地さん!下りて来い!」


案の定彼女は顔をぶんぶんと横に振って拒否する。けれども構うものか、今日は下りてきてもらわなきゃ困るんだ。
「いいから、下りて来い」ともう一回叫ぶ。俺が折れなさそうなのと周りの後押しもあって彼女は下りてくる。


「か、かげやま、く」
「谷地さん!」
「う、うわあ?!ちょ、影山くん下ろして」
「なあ、谷地さん、俺、約束守ったぞ」
「…!そ、うだね、」


下りてきた谷地さんが俺の前に立つ。瞬間、その数センチの幅すらもどかしくて彼女を抱き上げる。
おろしてやらなんやら聞こえるが嫌だ。なあ、谷地さん俺は約束を守った、なあ、だから。
今からすげえ大事なことを言うから、聞いてくれ。






「だから、な、谷地さん。俺の、嫁さんになって…下さい」






抱き上げたことに驚いて引っ込んでいたらしい彼女の涙が「う、あ、」という言葉と一緒にまたぼろぼろと零れ始めた。
会場の照明の光がそれに乱反射してすげぇ綺麗だけど、同時に今更不安になる。
それはなんの涙なんだ、嬉しいのか、悲しいのか。
だから「…ダメなのか」とゆっくりと問えば間髪入れずに「ち、違うよお、ダメなわけ、ないよお…!」と嗚咽交じりの声が返ってくる。
よかった、違った。それから「わたしで、いいの」と言うから「谷地さんがいいんだ」と答える。
つうか此処で言った時点でそうに決まってるじゃねえか。
相変わらず変な時にネガティブで困る、…でもそんな谷地さんの横は誰にも渡さねえ。
これからも私でいいのかと問う彼女に谷地さんが、―――仁花がいいと言っていい位置にいるのは俺だ。



「あ、あのね、かげ、やま、く、ずびっ」
「ん?」
「お、おめでとお、ゆうしょう、おめでとう…!」
「…ああ、ありがとう」




そういって彼女は泣き笑いの顔のまま、そっと俺の額にキスをするのだった。





「…おーい二人の世界に行っちまうなよー」
「ありゃもう無理だろ」
「はは、なあ日向明日の新聞一面どうなると思う?」
「えー…『メダリスト、電撃結婚!』ですか?」
「…お前ホント…センスねーなー」
「ええー?!」
「はは!」





(約束を守るために頑張った男の子には、大好きな女の子から祝福のキスをあげましょう!)


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