小説 | ナノ


▽ ちびやまくんとでかやまくんとやちさん / かげやち


澤村大地は多少のことでは動じない男である。
それが烏野高校バレー部主将として皆が頼る大黒柱たる所以でもある。
…が、そんな彼は今限りなく目を点に近い状態にさせている。
目の前には彼の2つ下の期待の1年、影山が居る。それはいい、部員であるから練習にくるのは当たり前なのだから。
強いて言うなら休日練である今日、いつも人一倍早く来てサーブ練やらしている影山にしてはえらく開始ギリギリに来たなとかそんなものだ。
…本題である。今日、影山は1人ではなかった。影山の腕の中、彼が慣れない手つきで抱いているモノがある。
黒髪、つり目がちの意思の強そうな目、少し尖らせたような口元。…それは限りなく影山自身をコピーし、幼くしたような子ども、だった。



もう一度言う、澤村はあまり動じない男だ。
……が、顔の造形がそっくりな大小2人の影山に「ウッス」「…っす」と挨拶されれば「…あ、ああ」と多少間の抜けた返事になったのは致し方ないといえよう。










「影山、お前弟いたのか?!」



叫ぶ声の主は影山の相棒というべきな日向である。
叫びながら「うわ、そっくり!」「うわーうわーミニチュア影山!」と言いながら影山の周りをうろちょろするものだから案の定アイアンクローをかまされている。
その間も影山の腕の中の子は日向に怯えるでもなく借りてきた猫のように大人しい。…少し人見知りに気があるのかもしれない。




「まあ、ともかく。本当にどうしたんだその子」




日向と影山のじゃれあいをいなしながら澤村は問う。弟にしろ何にしろ、もう練習開始時刻は迫っている。
事情を聞いてどうするか決めなければならないというのが澤村の考えだ。



「…こいつ、俺の…イトコで」
「!!!弟じゃないのか?!こんなにそっくりなのに?!」
「るせーボケェ!」
「何だと!」
「なんだイトコか…いっそ隠し子かと思ったわ俺…」
「隠し子って…田中さん、それはナイでしょう」
「うっせーよ月島ァ!!」
「…皆、今は少し黙ろうな?」



「影山が説明中なんだから」と伝家の宝刀・笑顔の圧力で他の茶々入れを黙らせ影山に澤村は説明を促す。
そこからの彼による説明を要約すると(影山は本能的な擬音交じりの説明になるのでそのままは少し読解力いる話となるため要約でお届けする)、叔父夫婦からこの子を影山の両親が今日一日預かることになっていたのだが、突然外せない用事が出来た。
しかも小さな子を連れていくのは難しいときた。が、かといって影山にも部活があるし当然休みたくもない、でもこんな小さい子を1人にもできず…という訳で連れてきた、らしい。



「ちなみにずっと抱っこしてきたのか?」
「…コイツと手をつないで来たら引き摺ってきちまいそうで…」
「ああ、なるほどな…」



180cmも身長のある影山が100cmほどあるかないかのちびの影山――ちび山(澤村の心の中で命名)と手を繋いでくるのは至難のワザだろう、確かにちび山を引き摺る影山が簡単に想像できた。



「なら…仕方ないな…練習中は清水と谷地さんにみてもらえ」
「うっす」
「清水ー、谷地さーん!」
「なに」
「なんでしょう!」
「この子の面倒、頼めるか?」
「ふおお影山くんそっくりですねえ!」
「………いいけど」
「あ…清水は子ども苦手だっけ?じゃあ谷地さん、申し訳ないけど…」
「………ごめん仁花ちゃん」
「いえ!お任せ下さい!」
「…あざっす」



こうして今日、烏野高校バレー部には【小さな観客】が1人できたのである。











昼食時間。それは休日一日ぶっ通しで練習する合間での束の間だが一息つく休息の時間だ。
部員たちもいつもなら思い思いに昼食をとりリラックスしている時間でもある。
…が、今日の昼食時間の空気は冷え切っており、普段明るい日向や田中などの顔も心なしか暗く、極寒の地の様だ。
(一応宮城でもまだ暖かい時期のはずではあるが)その冷気の中心は影山でその矛先はちび山だ。






「わ、よく食べるねえ!たまごサンドが好きなの?」
「うん、おいしい」
「よかったねー!いっぱい食べたら大きくなれるよ!」
「じゃあ、ひとかもいっぱいたべねーとだめだ」
「え、あーうん…そうだねえ」





練習している合間に谷地にすっかりなついてしまったらしいちび山は今なんと彼女の膝の上に座って昼食中なのだ。
なんだかんだ谷地も小さい子は可愛いらしく世話を焼いている。ちび山は影山にはあんまり喋らないし反応をあんまり返さないのに(当然影山はそれが自身の眉根に皺を寄せる強面の表情のせいだとは1mmも気づいてない)、谷地には受け答えをし、嬉しそうで、…尚且つ「ひとか」と呼び捨てである。
…気に食わない。そう思いながら影山はちび山と同様に母親にもたされたたまごサンドをまるで骨付き肉を齧るかの勢いでブチブチ!!とあり得ない効果音で噛み千切る。
…こわい。




「…で、でもあれだな、その子も随分やっちゃんになついたなぁ」




地雷を自ら踏みに行ったのは東峰だ。(彼としては事態を軟化させようとの発言だ)
それに対して谷地も嬉しそうに手をパタパタさせながら答える。




「そ、そうなんです!この子もバレーが好きみたいで」
「へええ」
「それで一緒に練習見ながら『皆カッコいいねー!』って言ってたんです!」
「おーそうかあー」



カッコいい。その一言に少しだけ極寒だった空気が温まった。
どうやら全員に向けてとはいえ、谷地に自分が褒められて影山の機嫌が上昇したようだ。
“ああ良かった…”と東峰の発言にヒヤヒヤした澤村と菅原が少し安心したその時である。
くい、とちび山が谷地の服を引っ張った。…心なしか今度はこちらが機嫌悪そうなのは気のせいか。



「…だめ」
「え?」
「ひとかはとびおをほめちゃ、だめだ」
「…ええ?!」
「…っ、テメ、」
「よーしお前らそろそろ休憩終わりだかんなー!!!!」



これ以上空気を悪くしてたまるかとばかりに影山が声を荒げかけたのを遮り号令がかかる。
その主将の声に助かったとばかりに「ウース!」と部員が返事をする。
…釈然としない影山をおいて午後練が始まろうとしていた。
(後でやっぱり東峰は「このひげちょこ!」と澤村、菅原加えて清水にまで怒られたことを記しておく。…不憫)











「ねえ、聞いてもいいかな?」
「…うん」
「なんで影山くん…えーと飛雄お兄ちゃんは褒めちゃだめなのかな?」



午後練が始まってから少しして。
マネージャーの仕事は一段落しているので(まあもとより谷地は今日一日はこの子のお守がメインではあるが)ゆったりと試合形式の練習を見ながらちび山に谷地は問う。
するとボールをいじっていたちび山は「むぅ、」と拗ねた声を漏らしてから質問に答え始めた。



「…だって、」
「うん」
「…ひとか、とびおばっかみてるから」
「…え?」
「れんしゅーしてるとき、とびおばっかみてた。…だからだめだ」
「……、……、え……うぇえええええ!!!?」



谷地としては衝撃の事実が告げられ、絶叫が出てしまったのも仕方ない。
そしてその声が第二体育館中に響き渡り、部員・先生・コーチまでもがどうした?と聞いてきて谷地が土下座して「なんでもないですお気になさらず練習をお続けください!」と嘆願したのも仕方のないことである。












そんなこんなで帰り道。影山とちび山と谷地は連れ立って帰っていた。
小さい子が居るのだし早く帰った方がいいかと珍しく自主練を我慢した影山が練習終わりに「帰んぞ」とちび山を促すと今日初めてちび山がぐずったからだ。



「やだ、ひとかもいっしょにかえるっ!」
「ダメに決まってんだろ、ほら」
「いやだー!とびおのぼけぇっ!」
「お前な!」



駄々をこねるちび山に他の自主練をする面々(まあレギュラー陣は全員だが)はあーと声を上げる。
それから見かねて菅原がそっと助け船をだした。


「やっちゃん」
「ハイ!なんでありましょうか!」
「んーあれ、収集つかなそうだし途中まで一緒に帰ったげれない?」
「え、」
「…ダメ?」
「いえ、そんな!」
「じゃ、申し訳ないけど」




…そんな訳で3人での帰り道だ。因みにちび山は谷地と手を繋いでおりご機嫌に戻っている。




「ひとかっ」
「なあに?」
「おれ、おっきくなったらバレーして」
「うん」
「れんしゅーしてとびおよりもっともーっとつよくなってとびおをたおす!」
「おおー、すごいね」
「で、ひとかをおれのおよめさんにするっ!!」
「お、おぉー…お?!え?!」






谷地仁花、人生初のプロポーズをされたのである。吃驚して谷地は固まってしまう、まあ、無理もない。
そんな谷地からちび山をひったくるように抱き上げたのは勿論影山だ。
しかも本日一番の…般若面である。が、ちび山も負けずに睨み返している。…ここら辺の気の強さは血筋の様だ。





「お前な…そう簡単に行くと思うなよ」
「ぜってーとびおたおすし!」
「…負けねーよ、んで…谷地さんもやんねぇ。…覚えとけ」
「…へえぇっ?!」






谷地仁花、人生二度目のプロポーズ(まがい)である。
さて、2人の顔が真っ赤なのは夕日の所為かそれとも。


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