小説 | ナノ


▽ 自覚が出来たら出来たで拗らせているようで






大学生 / かげやちちゃんはほぼ欠席 / スガさん頑張れ、及川さんどんまい




レポートを書き終えてパソコンに向かうことで凝り固まった身体を伸ばしている最中に携帯がなった。
誰だ?と思いながら菅原は携帯が表示する画面を見ても未登録の番号でますます困惑が深まる。
(登録してないだけでゼミの助手さんからだったりしたらマズイな)と思い通話のボタンを一応押す。
するとそこから聞こえてきたのは



『ちょっと?!菅原くん?!飛雄になんてことしてくれた訳!!!』



という鼓膜が破れるかと思えるほどの及川徹の絶叫だった。








菅原孝支と及川徹の接点といえば同学年、同じ県出身、バレーでは同じポジション。
だがそれだけであって同じチームや同じ学校になったことが無く、繋がりとしては希薄だ。
そんな及川が菅原に無遠慮な電話を寄越した理由は何よりも彼らの大きな接点といえる後輩に影山飛雄がいるというものだろう。
(そういや及川と同じ大学になったって言ってたっけ)と及川の絶叫に耳を摩りながら携帯を当てる耳を変え「影山がどうした?」と声をかける。



『どうした?じゃないよ!菅原くんなんでしょ?!アドバイスしたの!』
「アドバイス?」
『しらばっくれようとしてもそうはいかないよ、谷地さんの!』
「…ああ…」



谷地さんについてアドバイスしただろう、と言われたら思い当ることがある。
大学が東京で上京してきた影山と久々に会った時に「谷地さんと一緒に居ると息が出来なくて苦しかった」という本人無自覚の片想いを聞かされた時のことを言っているのだろう。
自覚が無いまま、いかに影山が谷地を大事にし苦しんできていたかを聞き、少しだけ後押しをしてやったのだ。
その後影山から『谷地さんと付き合うことになりました』と簡素なメールが届いた時は良かったと思ったのだが。
…どうやら説明下手な影山に安心していたら、菅原があずかり知らぬところで何やら大事になっているらしい。



「あ、えっと、影山とやっちゃんが喧嘩でもした?」
『…そんな可愛らしい、むしろ面白いことならこうやって連絡なんてしないよ』
「え、違うのか」
『事態はもっと深刻なんだよ、俺らのメンタル的に!』
「はあ」


さて。
ここからは及川の苦情という名の相談が始まるだが、ここからは回想を交えてお送りする。









ケース1:遠征中

遠征中にその地元の道の駅などでお土産を買う、というのは往々として見かける光景である。
今回も離れた地域との強豪校との試合で、それ故お土産を漁る大学生の一団に及川と影山もいた。
ベタで外さないものはやはり食べ物だ。
そこで及川もどれにしようかなあとのほほんと選んでいると横を通り過ぎた影山がまさに珍味をもって会計に向かおうとしているところだった。


「何、飛雄ちゃんそんな珍味買うの?バカじゃない」


もはや影山からからかえるところはどんな点でもからかう、それは及川の反射行動のようなもので今回もすかさず揚げ足を取りな発言をする。
そんな及川に数回目を瞬かせてから影山は「?谷地さん俺が買ったの何でも喜んでくれるんすけど」となんでも無いように答えた。
ひく、と口の端が歪んだがそこは年上の意地として「へえ」と至極冷静に返事する。


「ていうかお土産買うのなんて今までなかったくせに最近するようになったの珍しいと思ってたら谷地さんのためだったんだねぇ」
「あ、ウス」
「あの飛雄がねえ」
「こないだ買って帰ったらと谷地さんが凄く喜んでくれて、それがすげえ可愛かったんで」
「…ああ、そ」
「それに」
「それに?」
「谷地さんならどんなんでも美味しく料理してくれるし」



これまた真顔での発言である。
続く言葉は谷地さんの料理すげえ美味いんす、んで美味しいって言ったら嬉しそうにするしと真顔に合わず甘ったるい。
で、こないだなんかと影山が更に続けようとして「もう良いよ俺が悪かったから!少し殴らせて?!」と及川が憤慨したのも無理はないだろう。




ケース2:練習後


練習後にこないだの試合見に来てたお前の彼女、可愛いなと言った部員の一言がいけなかった。
はぁ、とやはり気の無いというかぞんざいともいえる返事が影山から漏れた。
それに対して「何だよはぁとか言いながらも嬉しいんだろ〜影山〜」と茶化せば


「そう、すね嬉しいっす」
「やっぱりな!」
「…谷地さんが試合に勝った後にあれが凄かった、それも惜しかったとか言ってくれて、」
「ほほう」
「…でやっぱり影山くんの手は魔法の手だねって嬉しそうに言うのがすげー可愛くて」
「…おう」
「そんでそのまま谷地さんに可愛いって言ったら顔真っ赤にしてそれも可愛くってどうしたらいいか分からなくなったんすけど…」
「…けど?」
「気づいたら抱き締めてました」



何回でもいうが此処まですべて真顔である。
影山自身は惚気てるつもりはなく自分が感じたことをそのまま素直に報告しているだけなのでたちが悪い。
その部員もそれを偶然聞いてしまった及川も「もう良いから黙って…」と諌めたがそれは非常に弱弱しいものだった。








『…もう、そんなことが日常茶飯事なわけ!信じられる?!』
「ああ、それは、なんというか…」
『下手したら可愛い、抱きしめたいとか手を繋いだとか行動報告まであるわけ!知らないよ!』
「…及川、」
『何?!』
「…どんまい」
『…半分キミの所為だって自覚してよね!?』



どうやらあの時の無自覚の惚気すらたちが悪かったのに更にその上を行ったようである。
しかも、本人としては『報告・感想を述べてるだけ』なのだから手に負えない。
だから菅原としても及川にどんまい、としか言葉をかけられない。
幸せならばいいことだからなあとあくまで後輩の幸せを願ってやりたい菅原はいい先輩と称されるところだろう。
…ただ。



「激辛麻婆豆腐、食べたいな…」


この胸やけする甘ったるさだけはどうにもならないなあと自身の好物に思いを馳せる菅原であった。
―――…携帯の向こうではまだ及川が『ちょっと、逃避しないでよ!』と叫んでいる。









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