机に並べられた数枚の紙。
 その一枚を手に取りつつ紅茶に口をつけた。

「やはり、放置しておくには危険すぎるかと」

 使用人の一人が言う。
 小さな音を立ててカップを置くと、ため息をつきながら紙を机へ戻した。

「職権濫用ってレベルじゃないもんねぇ…」

 頬杖をつき、ペンをくるくると回す。
 カタン、と音をたててそのペンを机に押し付けた。

「やっぱ市民のため、ってのを忘れちゃダメでしょ。ああいう連中にゃ元からそんな意識はなかったろうけどさ」

 再び、カップを手に取り口をつける。
 ほのかな甘味が口に広がった。

「…騎士団の方の動きは?」
「はい。そろそろ動きだすようです。目的は殿下、と言ったほうが正確でしょうが」
「騎士団もなんだかなあ…。最近のアレクセイも何しでかそうとしてるのやら」

 わずかに残った紅茶を一気に飲み干す。
 そして、勢いよく立ち上がった。

「ま、いいや。とりあえず出る。逮捕までこぎつければあとはどうにでもなるし」

 結局騎士団頼みか、とため息をつく。
 近くに立てかけてあった二本の剣を手に取り、扉へと向かった。

「あ、そういえば下町の様子はどうだって?」

 振り返り、窓の向こうを見て尋ねる。
 水の噴射はおさまったようだが今どういう状態かは不明だ。

「水道魔導器が故障したそうです。少し前に魔導士を呼んだようですが、魔核が無くなっていたらしく…」
「盗んで逃げた、ってことか。了解。そっちも調べてみるよ」
「はい。あ…」

 突然、歯切れが悪くなった使用人に首を傾げる。
 尋ねると、遠慮がちに口を開いた。

「その…エステリーゼ様がお城を抜け出されたようです。何者かと一緒だったらしく、誘拐という話も…」
「エステリーゼが?」

 少し意外な言葉に驚く。
 が、しばし考えた後手をひらひらと振った。

「ま、エステリーゼなら大丈夫か。誘拐ってのも…多分嘘だね」

 言いながら部屋をあとにする。
 背後で、使用人が頭を下げた。

「お気をつけて」

 ばたん、と扉を閉め自室へ向かう。
 しばしの帝都との別れ。
 それは楽しみ以外の何物でもなかった。


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