アニー(Annie)が言ってた

「アニーが言ってた、君、来月結婚するんだってね」

 それはまるで、どこかのスクリーンの中の女優の私生活が書かれた雑誌を眺めながら発せられた言葉みたいに無機質に思えた。彼は空気に音を乗せて静かに振動を起こした。カフェの中の足音や会話等が作り出したざわめきは映画の中のBGMのように、身体を取り巻く。私は生クリームがたっぷりと乗せられたアイスココアをスプーンでぐりぐりと無我夢中でかき回しながら、ありがとう、とだけ言った。

「お祝いしなくちゃね、君が幸せになるなら僕もうれしいよ」

 そうして、彼は目を細めて優しく笑った。
 私は彼の笑顔がとても好きだ。もし、その笑顔が私だけに向けられたなら、と何度も願った。想いを断ち切る意味で今の彼との結婚も決断したけれど、結婚の事実を知られることがこんなにも悲しいなんて。

「あなたも早く幸せになって」

 そうしたら、諦めがつくから。

「そうだね、」

 彼はそう言って、俯いて膝を撫でた。
 それから、まるで幼い子供が母親の顔色を窺うように、私の眼をじっと見た。

「結婚式は残念だけど、行けそうにないから…今、お祝いするよ」

 そうして、彼は私の前髪に軽くキスをした。
 その唇が微かに震えたように思えたけれど、きっと、それは私が震えていたせいかもしれない。

「好きだった、結婚式に僕の居場所は無いよ、だから行けない」
 
「私もよ、ごめんなさい」 

「……ありがとう」

 彼は安堵の表情を浮かべたけれど、きっと、私が優しさから言っていると思っているに違いない。本心だと知ったら、今からでも私たちは同じ道を歩んでゆけるのかしら。

 ──好き、だった。

 彼の中で私の存在はもう、完結しているのよ。
 すでに過去の人物。
 あえて、今も好きだと言わないことが彼の優しさだとしても、
 
 もう、

 
 お伽話のお姫様のように、キスで私の眼は醒めたのだから。

 

「幸せになるわ」 

 言って、私は、彼の瞼にキスをしながら、頬を濡らした。
 出来ることなら、貴方の瞳に私の全てを映してほしかった──。


(アニー(Annie)が言ってた/了)


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