まともな仕事をしていなかった。
何を以てまともかまともでないか、この場合の指標には倫理観が最も適当だろう。希薄な倫理と道徳心を代価に金子を得ては、どうでもいいことに使う。食べることも雑誌を買うことも、弾倉に磨かれた九ミリ弾を入れることも、道行く美人に恋人がいるかを当てあうことも、全てが並列でどうでもいいことだった。ただ二人が秘めやかに生きていくにはこの世界は広く、煩雑であり乱暴なだけで、心からの安息が来ることはこの先ずっとないだろうし、あまつさえ祝福が受けられるだなんていうことも思っていない。

安息の日を翌日に控えた六番目の日。午後から俄に街が慌ただしくなるので、その喧騒から逃れるように彼と僕は始終抱き合うのが常だった。日が沈み月明かりが差しこむようになると、灯りを点けずに彼の膚へ手探りで触れる。人の熱と比べて、自分の生ぬるい体温を計った。
「どうした?」
「……別に」
彼は東洋の血が半分ほど混ざっているらしいので、この辺りの人間より幾分か涼しい顔立ちをしていた。切れ長の眼は薄暗い茶色の硝子に後ろから光をあてたような鮮やかさで、街の人々や僕に比べて少しばかり黄みがかった肌色を時折彼は自嘲して笑ったが、それが何よりも愛しいのだった。
そのあまりにも切実な人間らしさが、痛いほど響いて、必要だった。
「きれいだよ」
彼は幼子をあやすように、いつもそう言って僕の右頬にキスをする。造形の良し悪しを語る風ではないまるきり無知な物の言い方が、それからいっそう身体を軋ませるのだった。
(きれいなのは仕事のあと、何度も何度も洗い流すからだ)

七番目の朝は昨日とうってかわって街中が祈りの静寂に包まれる。教会へ行く者、自分の部屋で瞳を閉じる者、その姿は様々でも、していることは同じ。共同体の論理を確かめ合って、擦り切れる寸前でお互いの平穏を保つ。その枠からはみ出た僕らもまた、静かな室内で微睡みを繰り返していた。
やがて勢いよく起き上がった彼が再三一緒に風呂へ入ろうと誘うのを巧い具合に交わして、浴室に消える彼を見送ったあと、ふと思い立ち窓を開けた。
透き通った空気が室内の澱みを食む様をぼんやりと膚で感じていると、つきまとう倦怠感さえ清新なもののように思えて、だからいつもこうなるのだ、と小さく息を吐いた。
再び寝台に戻ると乱れたシーツを少し直して、散らかし放題の服を拾った。
漸くズボンだけ履いたところで、彼の足音がする。
「もう出たの?」
「ああ、シャワーだけだからな」
ひとりだと、と嫌味のように言って笑う。
「──、髪、乾かしてよ」
唐突に僕の名を呼ぶと、有無を言わさずドライヤーを差し出した。
「ほっといたってすぐに乾くだろ」
「たまにはいいだろ?な?頼むよ」
コンセントにプラグを差し込んで、彼は相変わらずへらへらしたまま言うのだった。
椅子に座らせてドライヤーの電源を入れる。風の音は僅かに室内を騒がせた。
美しい黒の濡れ髪に指を通して満遍なく風が行き渡るようにしてやると、襟足が首筋に殆ど届かないような短い髪はあっという間に水分を飛ばし、数分もすればすっかり乾いてしまった。電源を切って、指でなんとなく髪形を整える。 この無防備な状態をさらけ出せる彼の思想はどうなっているのだろう。ただほんの少し手先の使い方を変えれば、それはまた僕の仕事になる。「はい、おしまい」
「え、もう?」
「おしまい」
もう必要ないのは明白だった。これ以上風を与えても熱いだけだろう。彼は少々不満足なのか暫く黙っていたが、不意に自らの髪に手を伸ばしそれから、傍にあった僕の手を掴んだ。
反射的に逃げようとして、振り向いた彼の眼に射竦められる。
「なに──」
「ありがと」
その四文字は、どうにも不釣り合いで不健康だった。少なくとも僕にとっては決して、言えたものじゃない。彼は僕の指を自分のそれと絡めたまま、そっと口元に運ぶと甲へ口唇を落とした。わざと音をたてて僕の反応を伺う。
彼のてのひらは生きている。血が通った色をして、あたたかい。僕の手は死人のように、冷たくて白い。
「この握り方、何かに似てると思わないか?」
当たり前のように彼は笑っているので、僕は憎まれ口のきき方さえも、忘れてしまった。
「祈りの形に似てるんだ」
それは短くて長い、今日の日のために。
十時を告げる鐘が鳴り出して、人々が外へ出始めたのが分かった。誰にでもなく投げ掛けられる祈りの言葉は、窓を開け放したままのこの部屋の中にまで、届けられる。
 
それでは、よい、休日を。

僕らは結んでいたままの指をそっとほどいて、どちらからともなくキスをした。







*ピクシブに載せたものを此方にも。
外国の白い壁が並ぶ家々をイメージしながら書きました。
美青年×美少年
120204


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -