(恋人よりも恋人らしい関係って、なんかな) 赤い苔でも生やしているかのような、鮮血に濡れた岩の上。 一通り戦い終え疲れた俺がそこに腰掛けてから、きっと一刻くらい経ったのだろう。 山の木々が木陰を作ってくれているが、本来なら暑苦しい初夏の真っ昼間。 俺は、その場所から動けずにいた。 ちらりと横を見れば、少し口を開いて眠りこける化け物の姿。 その枕は何を間違ったのか、言い方を変えれば俺の肩というやつで。 今ここで俺が立ち上がりさえすれば、こいつは岩に頭を打ち付けておはようございますとなるだろう。 流血沙汰くらい起こるだろうが、こいつが頭かち割れたくらいで死ぬようなか弱い生き物だと認識したことは一度もない。 か弱くはない。ただ。 ただ、その、寝顔が。 自分の面目丸つぶれ覚悟で言わせて貰えば、寝顔が、可愛い。 だいたい人嫌いのこいつが人前で寝るなんてこと自体が珍しいのだ。 今なら容易く殺せるだろう。 どんな殺し方をしようが、必ずしとめられる。 あくまでこいつが死ぬのならばの話だが。 なんて考えて、また横を見れば胸がひどく締め付けられて、今まで考えていた残虐な内容がすべて頭からすっ飛んでいく。 いや、それより何なんだ、このやけに早まる鼓動。 息が苦しいから自重してくれ。 とか言うのをすでに八回は繰り返している。 腰を上げる暇なんてない、つーかまだ起こしたくない。 まだこの無駄に可愛い寝顔を見ていたい。 「…ん、む」 口が動いた。俺のじゃなくて、奴の。 半開きより小さめの穴の大きさが変わることはないが、微かに震えた。 同時に高くも低くもない、けれどいやに色っぽい声がそこから漏れる。 (…凶器だ) 無自覚ほど恐ろしい凶器はない。 今の声で心臓が跳ね上がり、病気かと疑いたくなるほど早鐘を打っている。 心の臓の病で殺されるかと思った。 相手に向き直るように片足を組んで腰をひねれば、肩に乗っていた頭の重心がずれ、俺の胸にぽすんと落ちてくる。 まだまだ起きる気はないらしい。 俺は予想通りの相手の動きに満足し、よりよく見えるようになった寝顔と、たぶん女よりもさわり心地のいい髪を堪能していた。 ただ一つ予想外なのは俺自身の行動だ。何がしたいんだ俺。 「ふ…ぁ…」 声に誘われ顔を下に向ければ、俺にすり寄るようにして顔をずらす奴の姿が。 丁度良い位置を見つけていたのだろうか、くすぐったくなるような小さな動きをしていた奴が、ある地点で静かになり、勝ち誇ったような顔でほほえんだ後、またすやすやと寝息を立て始める。 何だこれは。 俺が知っている化け物は確かこんなに可愛くない。 俺にすり寄るとか絶対あり得ないっていうか、俺が一瞬でも、その、口付けたいとか思ってしまう相手じゃないはずだ。断じて。 「…ん、ぅ」 夏の暑さか。俺の脳をふやかした挙げ句視覚まで狂わせたのは。 そうでなければ、いつもの緊張感をどこかに捨てて眠りこける大変無防備なアホ丸出しの山の神の周りに花が舞い散って見えるとか、絶対あれだ、おかしい。 「ふ…ぅ」 とかもう考えてられない、だめだ無性に口づけたい。 可愛く見えるもんは可愛く見えるんだからしょうがない。 つか敵である俺の前で無防備にも寝顔をさらすこいつが全面的に悪い。 いや全面的はあんまりか、一割くらいは俺の責任にしてやろう。 (―…、) …あ、こいつ、唇やーらけ。 気づくともう止められなかった。 ふれるだけ、啄むように、角度を変えて、何度も。 ← * → |