#捧げ物


――なぜかしら、最近ミーティアったらおかしいわ。

自分のことながら、そう思う。

トロデーン王国唯一の姫君であるミーティアは、ピアノの前の椅子に腰掛けてはみたもののピアノを弾くことになぜか乗り気ではなかった。ふかふかとした椅子は座り心地がよく、すっかり寛いでしまうのだ。そう、今までは、腰掛ける≠ニいう行為ですら許されない体であった。今でこそひとの娘の形であるミーティアだが、数ヶ月前までは雌の白馬だったのである。立てば四足歩行座れば地べた、歩く姿はただの馬だったミーティアは、狂気を纏った道化師に呪いをかけられて父トロデと共に人外の姿へ変えられてしまった。

もちろん今こうしてピアノの椅子に腰掛けているのだから、その呪いは解けたことになる。王と姫にかけられた呪いは世界をも巻き込んで一時は生死をかけた闘いともなったが、今はこうして穏やかで悩みなどない生活が続いていた。

この、姫ひとりを除いては。

「ミーティアは最低です。」

思わずミーティアは自分でそう零してしまった。自分の部屋でひとりきりのときに言うくらいなら問題もなにもないが、自分で自分を最低だと罵るとなぜだか心がかるくなった気がした。おかしな話だが、心のどこかで誰かに罵倒してもらいたかったのかもしれない。きっと彼らは、そうしてくれないだろうから。

ミーティアは意味なくピアノに細くて白い指を這わせ、ぽろん、と音を奏でる。やさしくて高い音色は耳にのこり、ミーティアの心にしみた。

その悩みというのは、エイトとその旅の仲間であるククールのことである。ミーティアや王が呪いにかけられている間、彼らやゼシカ、ヤンガスは人目につきやすいふたりを快く迎えてくれ呪いまで解いてくれた。ミーティアにとっては多数いる恩人のうちのふたりだったエイトとククールは、ミーティアの中で次第に別々に動き始めていた。

自惚れではなくほとんど合っているとは思うが、エイトはミーティアのことが恋愛的な、性的な意味で、つまりは生物が繁殖する云々の意味で、好きなのだと思っている。そしてミーティアは、ここもまた恋愛的で性的で、繁殖云々の意味で、ククールを好ましく思っていた。

エイトの気持ちは、以前からなんとなくわかっていた。エイトはミーティアのことを、ほかの女性より大切に、まるで割れ物の硝子細工のように扱ってくれている。エイトはそのやさしい笑顔と温かい言葉でいつもミーティアを包んでくれたし、ミーティアも恋愛的な意味でなくともエイトのことは好意的に思っているのだ。魔物と馬の姿に変わってしまった王と姫をたったひとりきりで旅に連れ出してくれたことや、呪いを解いてくれたことにもとびきり恩義を感じている。ただ、ミーティアにとってエイトは良くも悪くも兄であり幼馴染みであり、友人なのだ。エイトがミーティアをどんなに好ましく思おうと、ミーティアはエイトにそういった類の気持ちは抱けない。

ミーティアは自分のククールへの気持ちも、道中でなんとなくわかっていた。気づかないふりをしていたけれど、今になっては認めるよりほかない。ミーティアに優しかったのはトロデも、エイトも、ゼシカやヤンガスも同じだったが、ククールは違った。ミーティアに容赦なく重たい鎧の入った袋を背負わせ、必要とあらば毒沼にも共に浸かったし、賭博の材料にされかけたこともある(実際それはククールの手腕――主にイカサマ――によって回避されたが)。荷を背負うのは当時馬だったミーティアの義務で、毒沼に浸かったのは馬車に乗っかっていたトロデ以外全員だったから問題とは思っていなかったが、さすがに賭博に使われるなんて思っていなかったのだ。

「あのあと確か、ゼシカさんに叩かれていたのだったけれど。」

あんた、お姫様になにやってんのよ!とゼシカに横っ面を張られたククールは、懲りずに笑みを浮かべていたことを思い出す。

でもなぜ自分を賭博の賭けに使った男性を好ましく思っているのかというと、それにもいくつか理由はあるのだ。幼い頃より大切に大切に、蝶よ花よと育てられてきたミーティアにとって、遠慮なく仕事を与えてくれるククールは自分を信頼してくれているのだと感じることができた。毒沼にも耐えられると思ってくれているのだ。信頼されている。そう感じたミーティアは、これまでに感じたことのない喜びを感じた。お姫様だから女だからと遠ざけられてきたいろいろなことを、ククールは信じたうえでミーティアにさせてくれる。

――賭博のときも、そんな彼だからこそ賭けられてもいいかもしれない、なんて。思ったり。
そんな考えに陥っているだけ、既にミーティアはどっぷりとこの感情に埋もれてしまっている。



『馬姫さま、あんた……おっと、姫様はずいぶんと愛されておられるようだ。』

かつてククールにそう言われたけれど、そのときは馬だったためなんとも言えず、そうでしょうか、とぶるるんと馬のいななきを響かせるだけだった。それをみた彼はあははと笑い、悪いなそれじゃあ話せないか、とからりと言った。

『自分のことを大切にしてくれるヤツは大切にしとけよ。いつ居なくなってもおかしくないんだからな。』

どことなく寂しげに響いたその声を聞いて、ひどくもどかしい気持ちになったことを覚えている。自分が人間であったなら、この四肢が、彼が好きなすらりと伸びた女性のものであったなら、彼に気の利いたことを言って光をうけて輝く銀髪を撫ですかしてあげられるのに。こんな寂しそうな顔はさせないのにと。そう思っていたら、逆にミーティアが撫でられてしまったのだけれど。撫でられたのが馬だった頭でも、嬉しかった。

しかしそれからだいぶ経って、世界が平和を取り戻し自身とサザンビークのチャゴス王子との挙式が行われるとなったとき、黒くどろりとしたものが胸に垂れ下がった気がした。まるで白くてすべらかな布に一滴のインクが零されたように黒ぐろとミーティアの心に収まったそれは、結婚式に割り込んだエイトに対してある行動を起こさせてしまったのだ。

『こんなひとと結婚するくらいなら、お馬さんのままのほうがよかったくらい! お願いエイト、ミーティアをここから連れ出して!』

エイトはミーティアのお願い通り、式場からミーティアを連れ出してくれた。でもそれは、同時にエイトに対して大きなものを背負わせてしまうことにもなる。ここは任せろ、とゼシカとヤンガスとともに追っ手を退けたククールの後ろ姿をエイトに手を引かれながら見たとき、自分はたぶん彼と結ばれることは有り得ないのかもしれないと直感したのだ。なにせ表から割り込んで花嫁を連れ去ったのは紛れもなくエイトで、ククールではない。手を引いて一緒に逃げたのもエイトで、ククールではない。ククールはほかの仲間とともに脇役に徹したのだ。望まぬ結婚式から逃げ出した花嫁とその手を引く男という図は、あきらかにエイトがミーティアにとっての良い人であるという証明と同等のものだった。

――エイトがミーティアのことを好きでなければ。

逃げる最中そんなふうに思った自分が、これまでにないくらい最低な女に見えた。自分の幸せのためにエイトの気持ちを踏みにじろうとしている自分が、自分の知らない汚く不誠実な女に見えて、ミーティアは思わずぎゅっと目を瞑った。これから起こるであろうことや、目の前の光景、今の自分の姿を見たくなくて。

ぽろぽろと奏でてみたピアノでさえも、まるでミーティアを責めているようだ。

「だめね、このままでは。」

こんなことに悩まされてはだめだ。水面下でエイトとの婚姻話が進んでいる今となっては、もうなにもかもが遅い。それにミーティアの悩みなど、馬だったころ訪れた場所の人々の悩みと比べればおそろしくちっぽけなことだ。たかが感情、たかが想いだけで、自分の気持ちの有り様で変わるはずのことなのに。

ミーティアは座り心地のよい椅子から立ち上がった。椅子にしても何にしても、自分が楽だと思うほうに進んでいいわけがなかったのだ。ミーティアは伝えなければならない。このこじれた感情をぶつけて、そして玉砕しなければ。

やさしいエイトからも、寂しいククールからも、卒業しなければならない。

ミーティアは心を決めて、自室のドアノブに内から手を掛けた。

音色のさき

あとがき


初めて挑戦してみた姫→ククですが、yuzuさんのご期待に添えたかとても不安です←

ククールはゲーム中でも姫を馬姫様と呼ぶあたり、旅の道中ではなかなかの扱いだったのではないかなあと思いました。でもそれは馬扱いなわけではなくて、エイトやヤンガス、ゼシカと同じく旅の仲間として頼ったうえでの行動なのかもしれないと考えてこうなりました。ファーストコンタクトがひとの形であったらもっとお姫様扱いだった気がするのですが、初めて会ったのが馬の姿であったからいい意味で女性扱いを受けなかったのかなあなんて思ってます。



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