#捧げ物


おんなのこなんだから。
ある日私を縛ったその言葉を、あかくて長い髪と一緒に切り捨てた。そのときはサーベルト兄さんも生きていたから、私がいきなりさっぱりきっぱり切り落とした髪の毛を見ると苦笑いしたっけ。

少女の私は同じ年頃の女の子よりもかなり活発な部類だったから、サーベルト兄さんが剣のお稽古をしているとすぐ真似したがった。兄さんができるんだから私にもできるって思ったけど、練習用の剣は重くて握りにくくてすぐ匙を投げてしまった。そのときも兄さんは笑って、ゼシカは女の子だからな、と私の頭を撫でたのだ。そんな言葉が欲しかったんじゃないのにと思って、私は機嫌を少し悪くしてしまったの。

男女の違いを感じたのはそれから少ししてからのことよ。私と同年代の男の子はみんな背が高くなって、身体がしっかりしたつくりになっていったわ。私も私でそれ相応に成長していって、より男女の違いが浮き彫りになって、それと比例するみたいに家からの拘束が強くなっていくのを感じた。

あれだめこれだめ。あれをやれこれをやれ。

もううんざりだと。私もサーベルト兄さんみたく剣を振るって村に貢献したいのに、世間や親は決して許してくれない。私はこんな、お茶やダンスみたいなままごと遊びはやりたくなかった。だからからどんどん反抗的になったし、お母さんともギクシャクするようになって。

だからかある日閃いた。髪の毛を切ればいいのではないかと。髪の毛を切ってしまえば男の子になれると思っていた考えの浅い幼い私は、迷わず果物ナイフで長く伸ばした赤毛に刃をたてたのだ。じゃくり、ともさくり、ともいえない音がして、私の長かった髪の毛の一部が地面に落ちた。おかしいけれど、切る前は自分の中の一部だったのにこうして切ってしまうとまったく別物みたいだ。

あの短くなった髪を見たサーベルト兄さんは、苦笑いはしたが笑いはしなかった。ただ、ゼシカのあかくて長い髪が好きだったんだけどな、とぽつりと残しただけで。私、そのときはサーベルト兄さんのブラウンがかった黒髪のほうが、ずっと格好いいと思ったんだもの。

背が高くて瞳が澄んでいて、年頃の娘なら誰もが夢見るような兄さん。短く切られた髪の毛とその黒髪は私にとって格好よさと勇ましさの象徴だった。サーベルト兄さんが笑うと私も嬉しかったし、サーベルト兄さんが悲しむと私も悲しかったし、サーベルト兄さんが怒ると……状況にもよるけれど、そのときも私も一緒に怒った。

今思えば私は男の子になりたかったのではなく、サーベルト兄さんのように強くなりたかったのだと思う。だから髪だって切ったし、剣のお稽古の真似事だってした。






あのときばっさり切り落としてから、また随分と時間がすぎた。あかい髪はまた元通り伸びて、何事もなかったように私の中にあり続けている。

「ねえはやくしてくれない?悪いけど」

そう私が振り向かずに言うと背後の男が、素敵なレディの昔話はひとつのお伽噺より素晴らしいから、とこれまた耳が腐るような歯の浮く台詞を吐いた。素敵な女性が素晴らしい過去を持っているとは限らないとこの男も分かりきっているはずなのに、やはりこの男はやめない。

そんな男に、今私は髪の毛を撫ですかされている。もちろん、不本意ではあるのだ。ドルマゲスを追う旅の途中髪の毛に小枝が引っかかって髪の毛が乱れなければ、こんなことにはなっていなかったのだし。
意外にも髪の毛をいじるのが得意だというこの男、ククールに髪の毛を結い直されている間私は私の髪の毛に関する逸話を話した。ククールも兄と同じく、笑いはしなかった。サーベルト兄さんと同じように、俺はゼシカの髪の毛好きなんだけど、といつになくぶっきらぼうに述べただけで。

「なんだろうな。兄貴っていうモンは俺らに色んなモノを植え付けた挙句、自分はふらっと消えてしまうんだろうな」

取り残されていった私達を置いてきぼりにして、私達にあこがれを植え付けて、兄達自身は無くなってしまうのだ。ククールも仲の良さは違えど、私のように兄がいる。ククールと兄のマルチェロは互いに嫌いあってはいたが、ククールからしてみれば思うところはあったらしい。私はあの二階からイヤミの顔を思い出すだけで辟易してしまうけれど。

「ゼシカがその、『兄さん』が大好きなのはわかったさ。ほら、できた」

とすん、とかるく背中を小突かれたときには、私の髪の毛はいつものようにふたつに分けられて、肩の上で踊っていた。しかし、思うところがひとつ。

「――なに?この白い花」

左耳付近にあるやわらかい感覚と、ちらちら視界に入る白い花。この男はなにが楽しくてひとの頭に花を添えるのか。

「まーな。似合ってるぜ」

ククールは、ふふん、と笑うと。

「ゼシカの兄貴には勝てないかもしれないが、今のゼシカの髪の毛を結ってやれるのは俺だけだからな」

とささやいた。

結んで繋いだ







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -