かめんぶとうかい





 ふわふわきらきらと舞い踊るドレスの裾に、きらびやかに弧を描くタキシードの袖。

 それはまさに御伽噺の一ページのように美しい光景なのだけれど。


 「なんだよリュカ、まるで起き抜けの顔じゃねえか」

 「仕方ないんだよ、びっしりの予定を縫ってこれに参加するために昨日もあくせく働いてきたんだから」

 
 「マリアさんそのピアス可愛いわね、もしかしてそのドレスも、ピンクロンドのオーダーメイド? 」

 「ビアンカさんもそのお召し物素敵ですわ。……ええ、そうです。ビアンカさんはその辺に関してお詳しいのね。私なんてさっぱりで」

 「私は娘のタバサのドレス選びの為に少し調べただけだから、所詮付け焼刃なのよ。ねえ、タバサ? 」



 舞踏会が開始されたあとタバサはすぐさま壁の花になるべくビアンカやレックスから遠ざかったのだが、さすがというべきか、リュカが目ざとくそれを発見して「タバサ、ヘンリーとマリアさんに挨拶するからおいで」と言いこの場に引っ張ってこられたのだった。

 もちろん、ヘンリーとマリアが嫌いというわけではない。むしろ好きと言ったほうが当てはまるのだが、問題はその息子、コリンズにあった。

 タバサとレックス、そしてコリンズは母捜しの旅で出会ってからずっと仲良くしているいわば幼馴染。彼はいささか性格がきついが、本当はとてもやさしい子だと知っている。


 なのだが。

 「やっぱり許せない……! 」

 「許せないって、何が? 」

 危ない危ない。声に出ていたようだ。
 ビアンカにあわてて言い訳をする。ビアンカもなんとなく察しているだろうに、意味ありげに笑ったあとまたマリアとのお喋りに興じた。

 事の始まりは、ラインハットからの紹介状が届いたすぐあと。コリンズからタバサ宛に一通の手紙が送られてきた。内容は

 『親愛なるグランバニア第一王女のタバサ様へ。
数日前に親父から招待状が届いたと思うが、お前は来なくていい。タバサのような子供が来てもどうせ蚊帳の外だろう。
追伸。レックスは絶対来るように伝えておいてくれ。本を貸す約束をしているから。
ラインハット第一王子コリンズより」

 いろいろ省いたが、だいたいこんな感じ。
 手紙には一家全員招いてくれると書いてあったのに、なぜ子供だのなんだのというわけのわからない理由で自分が省かれないといけないのか、と一時はやけになって舞踏会には行かないと声高らかに宣言したタバサだったが、結局こうしてくるはめになってしまったのだ。さきほどコリンズがレックスに話しかけてきたときはビアンカの影に隠れて難を逃れたが、ここにいる以上一回は顔を合わせないといけないだろう。


 ―――こんなにきれいなところで、きれいな格好をしているのに。


 会場の磨きに磨かれたガラスにうつる自分は、いつもよりこぎれいだった。

 いつもはふたつのリボンで括られていただけの長い金髪は何やら複雑なニションに纏め上げられ、格好はAラインのオフホワイトのドレス。ふんだんに真珠やレース、フリルがあしらわれたそれはさながらおひめさまだ。


 周りにいるビアンカも、ふだんの三つ編みを解いて髪を横に流し、赤いワンショルダーのマーメイドラインのドレス。それに合わせた赤い仮面も魅力的だ。
 マリアはいつも若々しいが、今日は特に少女のような儚さと愛らしさがあふれている。パゴダスリーブのエンパイアラインのドレスは、それを充分に引き出していた。白い仮面もどこか華奢なデザインで美しい。


 見ているだけなら、すばらしい舞踏会なのに。


 今漬けている深緑の仮面を今すぐにも剥ぎ取りたい衝動に駆られたが、このためにあちこちの装飾屋を吟味してこの仮面を選んだビアンカに悪い。


 流れ出したワルツもなんだかいたたまれなくて、タバサは会場をあとにした。


  
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