プロローグ
飛ぶのとは違う、気持ち悪い浮遊感とともに。自分自身の白い羽とともに、落ちていく。
痛いわけでもないのに気を失ってしまいそうで必死に手足をばたつかせるが、意味がないようだった。重力なんて、逆らうことは容易なはずだったのに。
そんな中目に入ってきたのは、状況に不似合いすぎるほどに眩く美しい朝の光と、誰のものとも知れない純白の羽だった。
視界はひどくぼやけていた。
視力にはそこそこの自信があったはずだが、いくら擦ってもそれははっきりしない。
上体を起こしてみると、自分の置かれた状況が理解できてくる。どうやら自分はどこかの民家のベッドで眠っていたらしく、狭いながらも清潔に保たれた部屋であたたかな光と爽やかな風を感じた。
服も今まで着ていた天使の服ではなく、麻でできたゆったりとした形の服に着替えさせられていた。それを捲ると、幾重にも巻かれた包帯が顔を覗かせる。こまめに替えられているようで、それには血すら付着していなかった。
考えてみれば、長く眠っていたはずなのに汗ひとつかいていないし、むしろさらさらとしている。誰かが、というかこの家の住人が、自分を甲斐甲斐しく世話してくれたようだ。
そんなとき、不意に扉が開いた。
「あっ、起きたのね! 」
オレンジのバンダナに紫がかった髪を持つ少女の名は、リッカというらしい。
リッカは自身が目覚めたことを大層喜んでいてくれているようで、腹は空いていないか、いたいところはないかと尋ねてくる。
しかし、訊きたいことはそんなことではない。
「ここは……? 」
「ウォルロ村です。滝が名物だったんですけど、この地震ですっかり……ええと、そういえばあなたのお名前は……?」
「……アドリア。」
ーーまさか自分が守護するはずだった村で介抱されていたなんて。
アドリアは、今はもうすっかり冴えた目でリッカを見た。
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