日曜日は寝坊してもいいって決めてる。
ついでに言えば二度寝もしていいって決めてる。
だからトイレに寄ってからもういちど寝ようとしていたんだけど、厨房から聞こえてきた鼻唄がそれを止めた。

「知世ちゃん。なにしてるの」
「おにいさまっ。おはようございます」
「おはよ」

踏み台を使って調理台の前に向かっていたのは妹だった。まだ午前六時。お手伝いさんも出勤していないこんな朝早くから、学校も休みのこの子が起きているのはなぜだろう。

「お弁当を作っているんです」
「お弁当?どこか行くの?」
「はい!さくらちゃんと森林公園に。」
「へえ、そうなんだ」

さくらちゃんはおれの同級生の妹で、知世ちゃんのいちばん仲良しなお友達。いつも嬉しそうに彼女の話を聞かせてくれる。
エプロンの下はお気に入りの洋服で、髪型も可愛らしくアップにしているところを見るとどうやらとっても楽しみにしてるみたいだ。

「お兄ちゃんも手伝おうか?」
「まあ、よろしいのですか?」
「うん。頑張るよ」

というわけで早く目が覚めた日曜日は妹と一緒にバスケットいっぱいのサンドイッチを作った。デザートのフルーツを切る知世ちゃんが心配で内心どきどきしながらその手付きを見ているとおれのほうがフライパンで火傷をするというオチつきで。

お弁当を作って、その余りで一緒に朝ご飯を食べるとまた眠気が襲ってきたので部屋に戻って少し寝た。
二度寝は心地よかったけれどあまり長くは眠らず、昼前には起きた。お手伝いさんが来ていて、天気が良いので洗濯物がよく乾きますなどと世間話をした。絶好のお出かけ日和だ。知世ちゃんたちは楽しめてるかな。

「あれ?」

冷蔵庫を開けると、朝一緒に作ったはずのサンドイッチとフルーツの容れ物が入ったままになっていた。まさか、知世ちゃん忘れて行っちゃったのか?届けてあげないと

「あの、知世ちゃんってもう家出ました?」
「お嬢様ですか?いいえ、まだお部屋にいらっしゃると思います」
「え、まだ……?」

おかしいな、そろそろ出発してる時間なのに。

「知世ちゃん。お部屋にいる?」

一応声をかけようと部屋の扉をノックする。すぐに返事があったけれどなんだか声のトーンが低い。

「まだお家出なくて大丈夫なの?」
「おにいさま……。」
「?」

扉を開けてくれた知世ちゃんは可愛い洋服や髪型に似合わず浮かない顔をしている。どうぞ、と言われたのでお部屋に入ってソファに座った。

「どうしたの、何かあった?」
「実は、さくらちゃんとのお約束が無しになってしまいまして……」
「え、そうなの」
「はい。さくらちゃん、今日はお家のお当番があるからお出かけできないって」
「なるほど。それは残念だね」

喧嘩しちゃったのかと思ったけど知世ちゃんたちに限ってそれはないか。よかった。
知世ちゃんが小さくため息をつく。きっとさくらちゃんの前ではそんなことしないんだろう。とても優しい子だからさくらちゃんが気にしないように返事してあげたんだろうな。本当はすごく楽しみにしてたのに。

「知世ちゃん」

名前を呼ぶとおれを振り向く。お母さんの会社で売ってるお人形さんみたいなきらきらした瞳。せっかく可愛く結んだ髪型をくずさないようにそっと頭を撫でると知世ちゃんは不思議そうな顔をする。

「さくらちゃんのお家に行ってみたら?」
「え?」
「お家でお当番手伝ってあげたらいいんじゃない。さくらちゃんひとりで大変かもしれないし、二人でやって早く終わったら一緒に森林公園で遊べるかもしれないよ」
「おにいさま……」
「ね。どうかな」
「はいっ!そうしますわっ」

花が咲くように知世ちゃんの顔が明るくなる。
元気出してくれたかな。
片付けようとしていたハンドバッグの中身をしまい直している間に厨房の冷蔵庫からお弁当を取りに行ってあげる。美味しく食べてもらえるといいな。
運転手さんを呼んで、車が玄関の前に着いたころぴかぴかにおめかし完了した知世ちゃんが出てきた。

「よし、ハンカチ持った?」
「持ちましたわっ」

うん、お利口さん。しゃがんで耳のそばのおくれ毛を直してあげる。いつもはおれがやってあげることも多いけど、今日は早起きして自分で結んだんだな、えらい。

「あんまり遅くなっちゃダメだよ。五時には帰ってきてね」
「はいっ」
「さくらちゃんによろしく」
「はい!おにいさま、」
「ん?」
「ありがとうございます」

腕を広げて知世ちゃんが抱きついてくる。
きみが嬉しそうだとおれも嬉しいよ。
どういたしまして。背中をぽんと叩くと知世ちゃんはおれの肩のあたりでふふっ、と笑った。

「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」