嫉妬というかなんなのか!


「本当、あの試合での総帥の采配は、凄かったよな!」
またはじまったか。御門は、まだ昼食を取り終えてない自分の目の前で、いかにも楽しげに昨日の試合を語る雅野をみて、そう聞こえないくらいの小声でつぶやいた。
雅野は、総帥で有る鬼道有人が大好きだ。無論、尊敬だとかそういう意味で、だが。その事は、御門も充分に承知している。御 門自身も鬼道というプレイヤーを尊敬しているし、監督としても非常に素晴らしい人だとも思っている。
ただ、それでも雅野の心意気には負ける。彼は、イタリアリーグで鬼道が中学時代に付けていたものと、全く一緒のモデルのゴーグル が有る。それ以外にも様々なグッズや、ビデオなどが大量に有るのだ。一度彼の家を訪ねた御門はそのコレクションに圧倒されたのをはっきりと覚えている。
つまりは雅野は元から熱狂的な鬼道のファンなのだ。それも、フットボールフロンティア時代からの。
だから、そんな雅野が鬼道について語るのには、御門はずっと慣れたつもり、だった。
「で、彼処の采配だ。流石だと思ったよ、あんな事は普通は絶対思いつかない」
しかし、最近はどうも駄目なのだ。鬼道が総帥に就任してから、雅野が鬼道について語る時間は確かに増えた。その所為なのかも、と 一瞬思ったが、それは違うと即座に打ち消した。
長々話を聞かされて嫌になるとは違う。良く分からないが何かが違うのだ。その何か、は勿論御門にはまだ分からなかったが。
「御門、お前大丈夫か? さっきからずっと、気の抜けた顔をしてるぞ? お前にしては珍しく」
馬鹿にするような雅野の声が耳に届いて、御門はようやく我に返った。
「なんでもない。ちょっと調子が悪いのかもしれない」
御門は雅野に向かってそう返した。そうすると雅野は心配するような目で御門の顔を見た。
「大丈夫か? そういや昨日、化身連発してたもんな。疲れが残ってるのかもしれないし、総帥に言って早退すれば?」
御門を案じる一言が雅野の口から漏れる。そういえば、彼とサッカーや総帥絡みの話をするのは久々だな。御門はそう思い出すと、同時にさっきの嫌な感じが少し大きくなったように感じた。全く一体なんなのだろうか。御門は依然として頭に何かつっかかるそれを感じた。
「大丈夫だ。多分試合疲れがちょっと溜まってるんだろ。今日は練習を休んでゆっくり寝る事にでもする」
 そうだな、これは疲れの所為だ。雅野に言い訳をするとともに、御門は自分の心もそうやって納得させた。自分の知らないうちに、想像以上に疲れがたまっていたのだろう。だからこんな変な悩みとぶつかる事になるのだ。今日一日静かに寝てれば、恐らくこんな悩みも脳内から消え去る筈だ。
 とにかく今は話をそらそう、これ以上総帥の話をしていたら、何となく聞くのが耐えられない気がする。御門は思って、話の話題を探す。そんな時、以前から少々気になっていた一つの問いに行き着いた。
「雅野は、何でゴールキーパーをしているんだ? 総帥のサッカーに憧れてるなら、ミッドフィルダーか、少なくともフィールドプレイヤーになるのが筋だろう?」
 御門が総尋ねると、雅野はちょっと溜め息を吐くと、少し気分悪そうに言った。
「俺さあ、あんまりシュートを打つのって得意じゃないんだよ、足も速くないし、パスも上手くない。かといって天才的な戦略を立てられる訳でもないし、その作戦通りに皆を動かす事は出来ない」
 其処までで言葉を切ると。雅野は、御門に苦笑した様な顔を向けた。つまり、これで察しろということだろう。彼が鬼道有人になれなかったという事を。
 御門はそれに少し頷いて返すと、彼はそのまま言葉を続けた。
「だから俺はゴールキーパーになったの。なれないなら、なれた奴がするサッカーに参加したかったし、それを目の前で見たかったんだよ。だから、このポジション選んだ訳」
 それに御門が納得したような顔をすると、雅野は笑顔を取り戻した。
「まあ、総帥のサッカーを再現出来るプレイヤーなんてこの世に居ないだろうけどね。でもまあ、この学校にならそういう可能性をもってる奴が居ないとも言い切れないし。それに……」
 その笑顔とともに再び始まる総帥語り。御門は又もや少し引っ掛かる何かを感じた。そしてその思いがようやく何なのか、少しはっきりした。
 恐らく嫉妬の類いだ。間違いなく。しかし、嫉妬となると対象が居る筈だ。御門はそう思って、少々思考を巡らすが、もとより対象は分かっている様な物だ。相手は勿論、帝国が食えん総帥、鬼道有人である。
 俺が総帥に? なんでそんな嫉妬を俺がしなくてはいけないんだろうか。いや、総帥の才能は確かに凄いとは思うし、出来る事ならば欲しいとは思う。しかし、御門自身、今の自分が御門に到底及びはしないであろう事等、とっくの昔に悟っているし、諦めても居る。そもそもまともに勝負しようとは思わなかったし、雲の上の存在だ、と諦めきってもいる。そんな相手になんで、いまさら。
 しかし、御門の脳内には確かにその答えの片鱗が浮かんでは居た。ただ、それは御門としては到底信じられない物であったし、認めたくない物でもあった。その内容は単純だ、雅野が自分と居るのに自分以外の人物の話をしているから、その人物に嫉妬していると言うもの。
 ただ、これを御門は真っ先に打ち消した。単純だ、もし嫉妬の理由がコレだとして、こんな事を思うのは恋心を抱いている相手に対してくらいだ。すると、つまり
「俺が雅野に恋してる」
 うっかり言葉に出してしまった事に、御門は言った数秒後に気付いた。その時雅野はと言えば、いきなり言葉を発した御門を、不思議そうな顔をして覗き込んでいた。
「なんて言ったの?」
 どうやら、聞こえては無いらしい。御門はそう知って胸を撫で下ろすと、頭を振る回転させて似た響きの言葉を考えた。
「檻を雅野が壊した。そう言ったんだ。」
 我ながら意味不明な言葉だなあ。口にした言葉は意味が全く通じてない。ああ、もうどうやら今日は本当に調子が悪いみたいだ。へんな嫉妬は抱くし、その原因まで変な所に行きつくし。そう、意味が分からない感情を全て調子が悪い所為にして、御門は立ち上がった。
「何処行くの?」
「保健室だ」
 当然と言ったように尋ねてくる雅野。御門はそんな彼に出来るだけ平静を保って言葉を返すと、いそいそと教室を立ち去った。全く、やっぱり昨日は化身を出し過ぎたか、無理は良くないな。なんて、先程の言い訳を自分に対して続けたまま。
 そんな御門が立ち去った後の教室で雅野は一人、彼の背中を見たまま少し呆然としていた。そしてその目を普段の位置に戻すなり、ぼそぼそと一人呟いた。
「意識させんなよ、馬鹿。またぶりかえすだろ。それを避けようと総帥の話ばっかしてたのに」
と。そしてそのまま、考えを振り切るかのように、頭を二、三度ぶるぶると振った。


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