素直な彼女とヘタレな彼と


「好きだ」
 予想だにしていなかった言葉が小さく開かれた玲名の口から、まるで毎朝の挨拶でもするように何気なく発せられた。その言葉を言った玲名の、あまりにも普段と変わらない表情と、言っては欲しかったが絶対に出ないと確信していた言葉から、俺は彼女にからかわれてるんじゃ無いかと思ってしまう。
 「俺の事をどう思ってる?」普段と変わらない何気ない会話の中で俺が玲名にある種の決心をして聞いた言葉だ。こんな事を聞けば自分が彼女を好きだという事を察しの良い彼女になら勘付かれるかもしれない。それでもし、それを分かった上で彼女に嫌いと言われたなら、俺は彼女と今の関係を続けられるとは思わなかった。今の関係−−幼馴染として、また親しい友人として、彼女と接する事が出来るという関係を壊す危険性を犯してまで、彼女にこの質問を問いかけたのだ。
 そしたら返って来た言葉は望みこそしていた物の出て来る可能性は極めて低いと思っていた物だったから、それが出て来た事に非常に驚いてしまったのだ。
恐らく今の関係僕は誰からみてもビックリするほど間抜けな顔をしているだろう。
「何を惚けた顔をしているんだ、お前は?」
 想像したとおり、玲名にそんな声をかけられる。自分はそこまで惚けた顔をしているのか、分かっている事を態々他人から言われて再度理解してみると、改めて恥ずかしく感じる。そう言えば玲名は昔からよく俺にこうやって気を使ってくれたっけ――そうだ、玲名がさっき言った好きとは、こう言う友人として、もしくはあくまで姉と弟の様な関係の中での好きなのだ、俺の望んでいる恋人としての好き、では無くて。
「いや、ちょっとね。それより玲名さっきの好きって友達としてって意味だよね?」
 俺がそう聞くと玲名は当然だ、と言わんばかりに溜め息を吐く。良かった、やっぱり俺の思った通りに玲名の“好き”はどうやら友人としての“好き”らしい。良かった、これで明日からも何時もと同じように玲名と軽口を叩き合いながら、普段通りの付き合いが出来る。しかし、そんな俺の予想とは裏腹に玲名の口からは信じられない言葉がでる。
「私だってこう見えて年頃の女なんだ。それで好きと言ったのなら、相手に対する感情なんて一個くらいしか考えられないだろう」
 普段なら嬉しい筈の言葉が、何故か今は心にぐさりと突き刺さる。確かに今まで脳内でなら、玲名は何度もこんな言葉を口にしてくれたが、それが現実で起きるとなると話は別だ。これが妄想や夢じゃないのか、本当に疑わしくなって来た。そんな事を思った時には俺の右手は自分の頬に伸びていて、それをそのまま引きちぎらんという程の強さで思い切りつねっていた。まるで、痛みで痛覚を麻痺させ、まるでこれが夢だと自分に思い込ませたいように。けど、痛みは確実に痛覚神経を通って確実に俺を襲ってくる。どうやら、これは現実の様だ。玲名が俺に思い切り告白している今が、現実。嬉しい筈のその事実が何故だか非常に受け入れにくくて、自分の中で何だか矛盾した者が葛藤する。そんな俺の思いを分かっているのか分かってないのか、玲名はいつも通りの淡々とした口調でさっきの言葉を続ける。
「いきなりこう言われて、お前が信じられないのも無理は無いと思う。正直、私はこう言った感情を表に出して喋るのは苦手だから、態度なんかも殆ど何時もと変わっていないだろう。それに嘘をつくのも苦手だから、お前を好きと自覚してからも今までの自分と違う行動は一切出来なかった。私だって本当ならこんなタイミングで自分の気持ちを言い出したくもなかったが、自分から言い出すなんて事が出来る程度胸が有る訳でもない、だから決心して今思いを伝えさせてもらっただけだ」
 其処まで言うと、玲名は若干苦しそうに口をつぐんだ。しかし、表情等の他の所は何時もと全く変わりない――訳ではなかった、行きは少しばかし荒くなっているし、頬も心無しか何時もより赤く染まって見える。それでも変化はとても微細な者だったから、俺がどれだけ玲名を観察しているかを改めて思い知らされて今一度嫌な気持ちになる。けど、今はそんな事を考えてる時間はない。
 思い人から告白されたのだ。そう、此処は速く何か言葉を返すべきだ。俺も彼女が好きだと言う気持ちを伝える言葉を。でも、そんな言葉が必要な時に限って俺の唇は麻痺したかの様に、全く動かず、言葉を発する事は出来ない。
「すまない、少し焦らせてしまったみたいだ。別に私が話したかっただけだから返答はしなくても良いし、お前が良ければ忘れてくれたって構わない。まあ、お前から何か良いたい事が有るんだったら、いつでも切り出してくれ。多分、今日の事を私は一生忘れられそうにないだろうから」
 彼女はそう言うと、居づらさを感じたようにその場を立ち去ろうとする。俺は何とか彼女を呼び止めて、何かしら言葉を懸けようとする。けど、俺の体はまるで全機能がフリーズしてしまったかの様で、足も動かなければ声も出ない、挙げ句の果てには思考すら混乱して停止する寸前だ。そんなどうしようもない頭の中で、俺はあんな下らない質問をした先ほどの自分を思い切り殴り飛ばしたくなった。

モドル


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